「……ん」
しばらくして目が覚めた。腕時計で時間を確認すると概ね一時間と少しくらい経ったようだ。薬を飲んですぐに感じた熱はすでに収まり、体は普段通りの調子に戻っている。
隣を見ると、エッタが椅子に座って舟を漕いでいた。疲れていたのだろうか。一時間も付き合わせて申し訳ない気分だ。
「エッタ」
起き上がってエッタに声を掛ける。しかし、掛けた自分の声に違和感を覚える。
歌をよく歌う関係上自分の声はよく把握しているはずなのだが、いつもより高い気がする。
「……う……ん。眠ってしまっていたのね」
申し訳なさそうに目をこするエッタと目が合う。
「えっ? えっ? クウォン……よね」
「そうですけど……なにかおかしな点でも」
「……えっと……そっちに鏡があるから見てみて」
引きつった顔でそんなことを言うエッタの言う通り、部屋の隅にあるスタンドミラーで自分の姿を確認する。
「は?! えっ? どういうこと?!」
「いや……見たまんまよ。クウォン」
「おかしいだろう。本当に改造手術だったんじゃ? イーッ」
思わずショッカー風に叫んでしまった。というか、「いいですか、落ち着いてください」というネタはここでこそ使われるべきだろう。
「クウォン、混乱するのはわかるけど現実よ。落ち着いてもう一度鏡を見て」
そう言われ鏡を見る。
改造手術とは言ったが、別段怪人になったわけでも、義体化したわけでもない。
そう、ただ若返っているだけである。
修士二年の齢二十四歳だったはずが、十六歳くらいの高校生の見た目になっている。いや、それだけでなく……はっきり言おう。男に見えない。
元々我々倉科家の男性は中性的な傾向にあるのだが、見た目はボーダーを超えてしまったように感じる。髪は元々長めでそれを後ろで結んでいたのだが、寝るときに一旦ほどいたのもあり、セミロングの髪形は思いのほか現在の見た目にマッチしている。
じっくり観察すると、軽く幼さの残るあどけない瞳を持つ美しい少女のような姿だった。濡れ羽色の髪は滑らかに流れ、肌は透明で健康的に輝いている。頬にはほんのり赤みが差して、唇は淡いピンク色を帯びていた。
幼い少女のような顔には無邪気さが宿り、その美しさに見惚れてしまうほどだった。ただし、その美しさにはどこか異質な、エルミナスの住人たちが持つ独自の魅力が備わっていた。

頭の中で急速にアラートが鳴り響く。これ以上はやばいと。なにかまずい扉が開いてしまうと。
「はっ、そうだ」
真っ先に確認すべき事を思い出し、即行動に移した。
「……ある」
なにを確認したかは察してほしい。《《ナニ》》である。強いて言えば、《《家族の安否確認》》である。
「なにをしているのよ……」
そんな様子を見ていたエッタが呆れたように言う。
「エッタ、これが法理術を行使するために必要な処置? エルミナスの住人はみんなこれで若返るの」
「いえ、そんなことはないはずよ。それこそ見た目がこんなに変わるなんてことは聞いたことがないわ」
「ぐぬぬぬ……」
「とりあえず、ヘレナ先生のところにいきましょう」
「そうだな……ここで唸っていてもらちが明かないな」
そう言って、髪を束ね直し、診察室に向かった。
◇ ◇ ◇
「どなたさま」
「……先生、こいつは医療ミスということでよろしいか」
きっと自分の顔は相当に引きつっているのだろう。だが問わずにはいられまい。
「こらこら、せっかくの美人が台無しだぞ」
「……法理術を使いたいのであって、魔法少女になりたいなんて言ってませんが」
自分で言って、結構グサッと来た。昔から中性的なことは自覚していたし、実際そういう振る舞いをしていた時期もある。
「ほう、アースティアの故郷には魔法を使う少女がいるのか、興味深い」
「……フィクションですけどね……」
「ふむ。とりあえず君の状況を説明すると、ある種の先祖返りのようなものさ。これを見たまえ」
そういうと、手に持っていた紙を見せてくれる。紙には幾何模様が描かれており、何を意味するかはわからなかった。
「これはエンブリオ・シグナムと言われるもので、人のマナの流れのコア部分を転写したものなのさ。エンブリオ・シグナムは人それぞれまったく異なり、同じものは存在しない。これを見ることで法理術の属性や特性、それどころか種族や血統・個人の特定すら可能というものさ」
「なんと」
地球基準で言えば、DNAレベルの個人情報と考えればよいか。
「これを見る限り、君はヒュミリス――エルミナスにおける人族のことだが、それよりもスピリッティアと呼ばれる精霊族に近い」
「精霊族」
「ああ、女神に近い種族とされていて、高いエーテル適正とヒュミリスよりも三倍くらい長い寿命、そして美しい容姿が特徴さ」
「それに近いと? 両親も祖父母も人族ですが……」
「おそらくだが、どこかで精霊族の血が入っていて、エーテリッドを契機に先祖返りが起こったのだろう。実際、このようなケースは珍しくはあるが、エルミナスではそれなりに報告されているケースではある」
「なるほど、もしかすると若返ってしまったのはその種族特性によるものでしょうか」
「ああ、精霊族は長命種であるから、先祖返りが起きた場合、見た目もそちらに引き摺られることになる」
「先生、もしかして見た目だけでなく寿命も」
「……君の推測通りさ。君はヒュミリスの三倍くらいは長生きすることになる」
「それは……」
思わぬ事実を飲み込めきれず言葉に詰まる。長命種となることは、地球で言うところの「人をやめる」に等しい。
似たような死生観を持ち共有し、その中で「死」という共通のゴールに向けた道を歩いていく。これがまともな人間の在り方だ。
しかし、自分の終着点が他者と異なるとなれば、どうなる? 共に歩む人々は途中で下車し、自分だけがその先へと進まなければならない。その苦悩は想像もつかない。
その瞬間、こちらの葛藤を察したように隣にいたエッタに、後ろからそっと抱きしめられる。
「大丈夫よ、クウォン。寂しくなんて決してならないわ」
「えっ」
「幸いエルミナスでは長命種は珍しくない。……私もそうだから。あなた一人だけが取り残されることなんて、絶対にないわ」
エッタの言葉に、息を呑んだ。
そうだ、ここは地球ではなくエルミナス。自分だけが長い時を生きていくわけではないのだ……。その事実に気付くと、張り詰めていた心が安堵で満たされるのを感じた。

「……ありがとう、エッタ」
「ふふ、いいわ」
エッタに礼を言い、頭を切り替えて先生に向き直る。
「……先生。つまり、これは遺伝的なスイッチが入ったみたいなもの、ということでしょうか」
「ほう、なかなか鋭いね。そう考えてくれていい。エーテリッドが君の遺伝情報の一部を活性化させ、本来は隠されていた特徴が表に出たのだろう」
「なるほど……エピジェネティクスみたいなものですね」
「エピ……?」
エッタが小首をかしげる。
「エピジェネティクス。簡単に言うと、遺伝子そのものは変わらないけど、外部の影響で特定の遺伝子が『オン』になったり『オフ』になったりする現象のこと。たとえば、人でも特定の食生活や環境要因で、遺伝的に持っていたはずの特徴が変化することがあるってこと」
「ふむ、それなら説明がつくな」
ヘレナ先生が頷く。
「精霊族の血を持っていたとしても、君の先祖はヒュミリスとして普通に暮らしていたのだろう。それが、エーテリッドを受けたことで、環境エーテルに適応するために眠っていた遺伝情報が活性化し、精霊族に近い特性を引き出した……と考えられる」
「つまり、エーテリッドという刺激によって、遺伝的なスイッチがオンになり、精霊族の特徴が発現した、と……」
「そういうことだな」
「いや、納得はしましたけど、見た目が変わりすぎですよ……」
言葉にはしたものの、徐々に腑に落ちてきた。エルミナスでは長命種の特徴が見た目にも現れるというのなら、この変化も理屈としては理解できる。
「……まるで眠っていた血が目を覚ましたみたいですね」
「そう考えるのが一番しっくりくるだろうな。精霊族の血がどの程度混じっていたのかはわからんが、君の体はその影響を強く受けたようだ」
「なるほど、そういうことなら……まあ、受け入れるしかないですね」
納得できたかと言われれば、まだ完全には整理しきれていないが、少なくともこれが単なる異常事態ではないことはわかった。
エーテリッドによって、自分の中に眠っていた可能性が開花したのだと考えれば、悪いことばかりではない……のかもしれない。
「クウォン君、極低確率とはいえ正しく事前に告知していなかったのは私のミスだ。本当にすまない」
そう言って、本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、謝らないでください。確かにショックでしたけど、よく考えたらいい面もあるかと」
現代地球では、どんな先端医療を施しても到達できない大幅な寿命の延長。知れば、大金を積んででもこれを望む者も多いだろう。自分にしてもそうだ。人の身で届かぬ頂きに歩みを向けることだってできる。
それは、きっとものすごく贅沢なことに違いない。
「ここに来る前に色々失ったものもありますが、エルミナスに来て、そして時間とチャンスを与えられたと考えると心が躍ります」
「そうか。ふむ、無理している様子もないようだね」
「ええ、ご心配をおかけしました」
「大丈夫だよ。またこの件でわからないことがあったら聞いてくれたまえ。……さて、それじゃ法理術の適正について話をしてもいいかい」
「あ、はい。そうでした。お願いします」
「うむ、結果から言うと体内マナ貯蔵量がA-、最大出力レベルはC+、マナ変換速度はBと言った結果だな」
と言って今述べた結果が書いてある紙を渡してくれる。
「体内マナ貯蔵量というのは体の中に貯蔵できるマナの総量のことで、これが高いほど多くの法理術を回復なしで行使できる」
イメージとしては最大マジックポイント(MP)と考えればよさそうだ。高いほど多くの魔法を一気に行使できる、といったイメージだろう。
「次に最大出力レベル。これは一度の法理術に込めることができるマナの量だ。高いほど強力な法理術を行使できる」
なるほど、この出力レベルで使える法理術が決まるのだろう。高いとMP消費の多い高レベルの魔法が撃てる、というイメージだろう。
「最後にマナ変換速度。これは環境エーテルから法理術で使う体内のマナに変換する速度だ。高いほどマナの回復速度が速くなる」
最後はおそらく、MPの自然回復の速度、といったところだろう。MPを使い切っても回復速度が早ければ、すぐにまた魔法が撃てるようになるのだろう。
「概ねわかりました。ただ、このレベルがエルミナスではどの程度のものなのかというのがわかりません」
「そうだね。先ほど提示したものは法理術適正と呼ばれ法理術行使に必要な個人の特性をA+からE-までの15段階で表したものさ。Cが平均レベルと考えると、クウォン君は全般的に高い。法理術を行使する上では有利な特性を持っていると言っていい」
「おお、それはありがたいですね」
「まぁこのテネブラーネで暮らす人はみなエーテル環境適正が高いから、法理術適正も同様に高い傾向にある。このくらいの数値は概ね予想通りさ」
なるほど。エーテル濃度が高いということは、つまるところ高濃度のエネルギー源の中で暮らしているということである。
すると必然的に高濃度のエーテルを取り込める人は高レベルの法理術を行使できるという事なのだろう。確かに理屈にはあっている。
「ヘレナ先生、クウォンの法理術の属性は何なんですか」
後ろで一緒に診断結果を覗いていたエッタが不思議そうにヘレナ先生に問う。
「それなのだが……」
急にヘレナ先生の言葉の歯切れが悪くなる。
「手元にあるリストでは該当する属性がない」
「えっ? そんなことがあるのですか」
エッタが驚きながらそう返す。
「ああ。……クウォン君に説明するとだ、法理術の属性は一般属性と呼ばれる火・水・土・金・木と上位属性と呼ばれる光と闇の七種類がある。それを先ほどのエンブリオ・シグナムで確認したのだが、手持ちの属性照会リストと一致する属性がなかったのさ」
「えっと、つまりそれ以外の属性ということでしょうか」
「その通り。こういう場合は七種以外の特殊な属性か複合属性、光と闇の拡張属性である可能性が高い。すまないがここにあるような一般的な照会リストではわからない」
残念ではあるが、中々に心が躍る展開でもある。一般的な七属性でない属性とはなんだろうか。
ゲーム脳というか中二病的な発想から言うと、時空に干渉する時属性とかアンデッドを操る死属性、怨霊などを昇天させたりする聖属性とかはどうだろう。いいね、未知の属性というだけで胸が躍る。
「とりあえず、この件に関しては引き続き調査をしてみよう。君はそこに書いてある適正を基準に法理術の練習をしていくといい」
「えっ、属性わかっていませんがいいのですか」
「一般的な法理術であれば属性がなんであれ、適正以上の無理をして事故につながるといったこともない。そこらへんはエッタ君がうまく指導してくれるさ」
「ええ、大丈夫よ。任せてちょうだい」
薄めの胸を叩いて自信ありげにエッタがいう。
どうやら、自分は環境だけでなく人にも恵まれているようだ。
そうして、ヘレナ先生に感謝を告げつつ医院を去った。



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