泉のほとりに、透き通るような歌声が響いていた。
泉のほとりに、透き通るような歌声が響いていた。
風がそよぐたび、水面が揺れ、空の青が波紋となって広がる。その穏やかな風景の中、妖精族の少女たちとともに、今日も歌の練習をしていた。エッタを中心に、歌劇団のメンバーが円を作るようにして座り、それぞれが声を合わせて旋律を紡いでいく。
ここでの練習にも、すっかり慣れた。以前は妖精族独特の音の流れに戸惑うこともあったが、今では息を合わせることができるようになった。
エルミナスの音楽は、旋律の中にエーテルの流れを含み、それと共鳴するように成り立っている。妖精族の歌は特にその要素が強く、ただ音をなぞるのではなく、世界そのものと響き合うことが重要だった。
「今日の練習はここまでね」
エッタが優しく微笑みながら告げる。
全員が一斉に息を吐き、緊張がほぐれたように和やかな空気が流れる。
「はぁ~、今日もよく歌ったわね」
向かいに座っていた妖精の少女が、ぱたぱたと羽を動かしながら伸びをする。
「でも、だいぶ息が合ってきた気がする!」
別の少女が嬉しそうに声を上げた。
エッタが頷く。
「みんな、とてもよかったわ。少しずつ、エルヴァナの夜の舞台に向けて仕上がってきてる」
その言葉に、歌劇団のメンバーたちは誇らしげに顔を見合わせた。
「それにしても……」
と、突然誰かが言った。
「クウォン、何を持ってきたの?」
その声に、視線が一斉にこちらへ向いた。しまった。歌の練習に夢中になっていたが、今日はガンブレードのモックを持ってきていたのを忘れていた。
「ああ、これは……」
説明しようとした瞬間、妖精族の少女たちが興味津々に駆け寄ってきた。
「これ、剣? でも、何か仕掛けがある!」
「すごい! こういうの、見たことない!」
瞬く間に、3Dプリンタで出力された樹脂製のモックのガンブレードが彼女たちの手に渡り、代わる代わる触れたり構えたりし始めた。特にリボルバーのシリンダー部分がトリガーを引くたびに回るのを、子供のように楽しんで遊んでいる。

「これ、どうやって使うの?」
一人が尋ねた。
「刃の根元に仕込まれたバネが圧縮され、トリガーを引いた瞬間に解放されることで瞬間的な衝撃を発生させる仕組みなんだ」
そう説明すると、さらに目を輝かせる子もいた。
「なんだか、すっごくかっこいい!」
「ねえ、振り回してもいい?」
「ちょっと待って、危ないから順番に……」
注意しようとしたが、すでに妖精族の少女たちは代わる代わるガンブレードのモックを振り回し始めた。
「たぁーっ!」
と、勢いよく振り下ろす者。
「ふふん、これを持てば私も戦士よ!」
と、得意げにポーズを取る者。
「クウォン! これ、すごく楽しい!」
と、くるくる回っている者までいる。
「いや、だから、危ないから……」
もはや制止するのは難しそうだった。だが、彼女たちが楽しそうにしているのを見て、少しだけ笑ってしまう。
エルミナスの住人にとって、武器はただの道具ではなく、象徴でもある。特にエントリアの住人にとっては、戦うことは日常だ。妖精族の少女たちも例外ではない。だからこそ、こうして純粋に「かっこいい」と思えるのかもしれない。
その様子を見ながら、ふと隣にいるエッタに声をかけた。
「エッタ、昨日ニナさんのところに行ってきたんだ」
エッタは、モックで遊ぶ少女たちを眺めながら、興味深そうにこちらを見る。
「ニナのところに?」
「そう。ニナさんに相談されて、新しい武器の開発を手伝うことになったんだ」
「新しい武器?」
エッタは少し驚いたような表情を見せる。
「そう。エルミナスにはない地球の武器の話をして、試しに作ってみることになった。ガンブレードのモックを作ってきたのも、そのためなんだ」
「へえ……」
エッタは興味深そうにモックを見つめた。
「クウォンは、本当にいろんなことに挑戦するのね」
「そうかな?」
「そうよ」
エッタは微笑んだ。
「でも、その好奇心は、まるで妖精族みたいね」
その言葉に、一瞬きょとんとする。
「妖精族らしい?」
「ええ。妖精族は、新しいことを知るのが好きだし、世界を見て、感じて、歌にするのが私たちの性分だから」
なるほど。そういう考え方もあるのかもしれない。ふと、エッタが少し真剣な顔をした。
「クウォン、もうすぐ『エルヴァナの夜』が来るわ」
その言葉に、周りの妖精族の子たちも動きを止めた。
「エルヴァナの夜?」
初めて聞く言葉に首を傾げる。エッタは、穏やかな笑みを浮かべながら続けた。
「これは、私たち妖精族にとって、とても大切な夜なの」
彼女はそう言って泉の水面を見つめる。風がそよぎ、揺らめく水面には、空を映したような幻想的な光が浮かんでいた。その瞬間、何か不思議な感覚が胸の奥をかすめる。
この場所で、妖精族が大切にする夜――それは、ただのお祭りとは違う、何か特別なもののように思えた。
「エルヴァナの夜は、大樹が見せる一夜限りの奇跡。そして、それを歌で讃えるのが私たち妖精族の役目なの」
エッタはそう言いながら、小さく息を吸い込んだ。
「大樹は生きている。そして、エーテルの流れとともに、その鼓動を感じることができるわ。年に一度、エルヴァナの夜には、特別なエーテルの波が大樹全体を包み込むの。それは、まるで世界の息吹そのもの」
エーテルの波――それは、エルミナスに住む者にとって特別な現象だ。
「その夜、妖精族は歌を捧げるの」
エッタの声が落ち着いた響きを帯びる。まるで、長い歴史を抱えた物語の語り部のように。
「この大樹に生きるすべてのもの――木々も、水も、空も、そしてエーテルも。その一つひとつと響き合うように、私たちは歌を歌うの。妖精族は、そうして世界の流れと調和しながら、この大樹の中で生きている」
エッタの言葉に、妖精族の子たちが静かに頷いた。まるで、それが当然のことのように。
「じゃあ、その祭りは、妖精族の祭りなのかな?」
思わず尋ねると、エッタはゆっくりと首を振った。
「いいえ、エルヴァナの夜は妖精族だけの祭りではないわ」
彼女の言葉に、周囲がざわめく。
「エントリアの人々にとって、この夜は特別なものなの。大樹が見せる奇跡を目にするために、多くの人が祭りに参加する。そして、その中心で歌を歌うのが――妖精族なのよ」
妖精族の歌が、この夜の中心にある――。
「だからこそ、私たちはこの日のために長い時間をかけて練習してきたの」
その言葉に、妖精族の子たちは誇らしげに胸を張った。
「すごいな……そんな大切な祭りだったんだな」
エッタは頷くと、一瞬だけ迷うような素振りを見せた。だが、すぐに決心したようにこちらを見つめ、静かに言葉を紡ぐ。
「クウォン……」
その真剣な眼差しに、思わず姿勢を正す。
「この舞台に――あなたも、一緒に立たない?」
その瞬間、静まり返る周囲。妖精族の子たちが驚いたようにこちらを見つめる。
「えっ……?」
思わず声が漏れた。
「自分も……?」
エッタは静かに頷く。
「え、ええええっ!? ちょっと待って、エッタ、それって――」
「え、本当にクウォンも出るの!?」
「そんな大事な役割に……!」
妖精族の子たちが次々に声を上げる。彼女たちの反応を見る限り、これは本当に重要なことらしい。
「そ、それって……俺が混ざってもいいの?」
思わず、自分の胸を指さしてしまう。
「もちろんよ」
エッタは、迷いのない瞳でこちらを見つめていた。
「妖精族は、強くエーテルの流れをその身に受けて、世界や人の想いをエーテルと共に体に巡らせるの。だから妖精族は世界を想い、共感し、共鳴する。それが私たち妖精族」
彼女は一歩、こちらへ近づく。
「でも、クウォン……あなたも同じじゃない」
静かに、しかし確信を持った声だった。
「あなたは、この世界を知ろうとしている。人々を知り、その想いを受け止めて、巡らせている。そして、歌おうとしている。だから――私たちと同じよ」
「私たちと同じ歌を歌える。だから大丈夫」
エッタの言葉が、胸に深く響いた。
「ちゃんと、私たちはあなたを認めているのだから」
その言葉に、息を呑んだ。認めている――妖精族が、自分を、歌う者として認めてくれている。まさか、こんな日が来るとは思わなかった。
周囲の妖精族の子たちも、少しずつ落ち着きを取り戻し、やがて小さく頷く者も出てきた。そして、ゆっくりと息を吸い込み、微笑んだ。
「……ありがとう、エッタ」
その言葉が、自分の決意となる。
「ぜひ、やらせてほしい」
エッタは満足そうに微笑み、他の妖精族の子たちも笑顔を見せた。こうして、自分はエルヴァナの夜の舞台に立つことになった。
◇ ◇ ◇
エッタから「エルヴァナの夜」の舞台に立たないかと誘われた翌日。
朝の空気は澄んでいて、昨夜の出来事を思い返すたびに、胸の奥がじんわりと温かくなる。妖精族の大切な祭りで、自分が彼らと同じ舞台に立つ。まるで夢のような話だった。
だが、それと同時に気が引き締まる。この世界に来てから、歌を学びたいと思っていた。しかし、こうして正式に「その歌を歌う者」として認められたからには、いい加減な気持ちでは務まらない。
だからこそ、歌もそれ以外もできることをしっかりとこなしていく。その一環として、今日はニナの鍛冶場に向かう予定だった。昨日の約束通り、モックのガンブレードを渡すためだ。
妖精族の歌劇団の練習が終わった後、エッタに「また夕方に」と告げて、鍛冶場へと向かった。エントリアの街は、昼間になると活気にあふれている。
商店の店主たちは活気よく商品を並べ、狩りを終えたフェルガンたちが市場で獲物を売買している。エーテルが満ちたこの街は、どこか幻想的で、それでいて現実的な生活の営みがしっかりと根付いているのを感じる。
鍛冶場に近づくにつれ、空気が熱を帯びてくる。遠くからでも聞こえる金属を打つ音。火花が散る独特の響きが、近づくほどに力強くなっていく。
鍛冶場の入り口に立ち、重い鉄の扉を押し開けると、目の前に広がるのは見慣れた光景。炎のゆらめきと、炉の奥で赤く燃える炭。金床の上に置かれた金属片と、それを打ち鍛えるハンマーの音が響く。
そして、鍛冶場の奥では、いつものようにニナが作業をしていた。
「ニナさん、約束通り持ってきましたよ」
そう言いながら、持っていたモックのガンブレードを取り出す。
「おう、待ってたぞ!」
ニナは手を止め、こちらに向かって歩いてくる。いつものように力強い声だ。
「これが例のモックか?」
ガンブレードを受け取り、手のひらで重さを確かめながら細かく観察する。
「そうです。那由多のサポートを受けて設計しました」
ニナはうんうんと頷きながら、ゆっくりとモックを振るってみる。
「ふむ、バランスは悪くないな。ただし、これは樹脂製だから実際に金属で作るとなると、重さの調整が必要になるな」
「そうですね。バランスの問題は実際の金属で作ってみないと何とも言えませんから」
「だが、形状としては十分に興味深いな。……うーん、ブレードの部分はイグドライドでなんとかなるだろうが、銃の部分はイグドライドでは無理だな。特にシリンダーの部分は加工難易度を考えると別の素材にしたいな……ふむ」
そんな風にニナは楽しそうにガンブレードを観察しながら続ける。
「それにしても、こんな風に地球の技術を応用できるのはやっぱり面白いもんだ。エルミナスの武器製作にはない発想だな」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
すると、ニナは少し真剣な表情になり、炉の火を見つめながら言った。
「……エルヴァナの夜がもうすぐだな」
唐突な話題の変化に、一瞬戸惑った。
「ええ。昨日、エッタに祭りのことを聞きました」
「そうか。あの祭りはな、ただの妖精族の催しじゃないんだ。エントリアに住む私たちにとっても、大事な日なんだよ」
「そうなんですか?」
「そうさ」
ニナは腕を組んで頷いた。
「私の一族……というか、以前住んでいた場所では、エルヴァナの夜に特別な武具を作り、それを大樹に捧げて感謝の意を示す風習があるんだ。私たち鍛冶師にとっては、一年で最も大切な儀式の一つさ」
「武具を奉納……?」
「そうだ。私たち鍛冶師は、この夜に特別な意味を込めた武具を作って、それを大樹の恵みに感謝する儀式に捧げる。それがずっと続いてる伝統だ」
なるほど。エルヴァナの夜は妖精族だけの祭りかと思っていたが、エントリアの住人にとっても、重要な行事だったらしい。
「ちょうどそこに置いてあるのがそうさ」
鍛冶台に置いてあるのは一本の剣――長さはおよそ一メートル半。だが、ただの長剣ではない。まるで大樹がその幹から枝を伸ばすように、七つの刃が左右に広がっている。
その形は、乱雑な突起ではなく、規則正しく整えられた七本の枝。その佇まいは荒々しい武器というより、むしろ神聖な象徴のように見えた。
刃の表面には滑らかな紋様が走っている。よく見れば、それは大樹の年輪にも似た模様で、ゆるやかに波打ちながら刀身の端へと流れ込んでいた。七本の枝刃もまた、それぞれが独立した意思を持つかのように、自然の流れに沿った形を描いている。
光を受けた刃は、不思議な輝きを湛えていた。ただの銀色ではない。角度を変えるたびに、鈍く深い翠、時には黄金めいた色彩が揺らめく。それは金属ではなく、まるで生きた木の枝が鍛え上げられたかのような、そんな錯覚さえ覚える質感だった。
柄は長めに取られ、握りやすいように滑らかに仕上げられている。その根元には、大樹の意匠が施されていた。まるで、七つの枝を支える幹そのもののように。
「すごい……綺麗ですね。それに、これはエルミナスの大樹を象徴しているのですね」
「ああ、儀式用だからな。中々の出来だろ?」
「ええ。それじゃ、新しい武器の開発なんてやってる場合じゃないのでは?」
純粋な疑問をぶつけると、ニナは笑いながら首を振る。
「いや、大丈夫さ。祭り用の武具の製作はそいつで終わってる。だから、お前と一緒にやる新しい武器の開発も、ちゃんと時間を取れるぜ」
「そうなんですね。それなら、安心しました」
「おう。それに、どうせなら祭りが終わった後に、こいつを本格的に作るってのも悪くないかもな」
ニナはモックのガンブレードを掲げながら、そう言った。
エルヴァナの夜の舞台に立つこと。そして、新たな武器を生み出すこと。どちらも、今の自分にとって大切なことだ。
「やるからには、全力で取り組む」
そう決意し、鍛冶場を後にした。


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