第36話 鉄を打つ理、描かれる新兵装

 朝の冷たい空気の中、訓練場には乾いた土の匂いと微かなエーテルの流れが漂っていた。目隠しをした状態で座禅を組み、静かに意識を研ぎ澄ませる。

 ゼフィルの指導のもと、エーテル視を鍛えるための訓練を続けているが、まだ周囲の動きすべてを捉えられるほどには至っていない。風がさっと吹き抜け、わずかに砂埃が舞った。その瞬間――

(……誰か、来る)

 気配がした。足音は静かだが、着地の衝撃や空気の揺らぎを通して、近づいてくるのがわかる。視覚が奪われた分、意識が別の感覚に向くのか、周囲の微かな変化を以前よりも敏感に察知できるようになった。

 相手の足音が近づき、あと数歩の距離まで迫る。そこで静かに口を開いた。

「……ニナさんですか?」

「おっ、正解。やるじゃねえか、クウォン」

 快活な声とともに、ニナが目の前で足を止めた。目隠しを外して顔を上げると、腕を組んだままこちらを見下ろしている彼女の姿が視界に入る。赤みがかったショートヘアが朝日を浴びて輝いていた。

「この間まで、近くに誰か立ってても気づかねぇこともあったのにな。エーテル視、だいぶモノになってきたんじゃねえの?」

「ゼフィルさんの訓練のおかげですよ」

「へぇ、そりゃあゼフィルも喜ぶだろうさ」

 ニナはニヤリと笑った。

「それで、今日はちょっとお前に相談があってな。時間あるか?」

「ええ、大丈夫です。何か困りごとですか?」

「詳しい話は鍛冶場でな。とりあえずついてこい」

 そう言って、ニナはひらりと踵を返した。彼女の後を追いながら、訓練場の出口へと向かう。朝の日差しが木々の間から差し込み、黄金色の光が足元に影を落としていた。ニナがわざわざ相談を持ちかけるとは珍しい。何か興味深い話が聞けそうな気がして、期待とともに歩を進めた。

 ◇    ◇    ◇

 鍛冶場へ続く道を歩きながら、ニナは珍しく口数が少なかった。朝の冷たい空気の中で、彼女の目は遠くを見つめている。いつもは豪快で飾り気のない彼女が、何かを考え込んでいる様子だった。

 鍛冶場に到着すると、ニナは勢いよく扉を開け、中へ入るよう促した。中は相変わらず熱気に包まれ、鉄と炭の独特な匂いが鼻をくすぐる。作業台には大小さまざまな金属片が並び、炉の中には赤く燃えた炭がくすぶっていた。

 ニナは作業台の椅子に腰掛け、無造作に転がっていた金属片を拾い上げる。それを指で弾きながら、静かに口を開いた。

「なあ、クウォン。お前に相談したいことがあるんだが、その前にまずは私の話をさせてくれ」

 彼女の声は、いつものような軽い調子ではなく、どこか真剣な響きを帯びていた。

「私の家は、代々鍛冶を生業にしてきた一族でな。祖父も親父も、一流の鍛冶師だった。親父なんて、それこそ王都の武具職人として名を馳せたほどだ」

 ふっと、彼女の表情が緩む。おそらく、父との思い出を懐かしんでいるのだろう。

「けどな、ただ親父の技をなぞるだけじゃ、私は親父を超えられねぇって思ったんだ。だから、新しい鍛冶技術を学ぶために、あえて第0枝に来た」

「なるほど……。じゃあ、エントリアに来たのは、ただの腕試しとかじゃなくて、自分の道を極めるためだったんですね」

「そういうこった」

 ニナは肩をすくめる。

「親父に直接言ったら、『馬鹿者が!』って怒鳴られたがな。でも最後には『お前の好きにしろ』って送り出してくれた」

「それで、エントリアに来て、望んだ技能は手に入ったんですか?」

 その問いに、ニナは少しだけ笑って、頭を振った。

「半分……いや、七割くらいはな。でも、どうにも壁にぶち当たってる感じがする」

 彼女はそう言うと、作業台の上に転がっていた黒い金属片を持ち上げた。それは、漆黒の光を帯びた金属だった。

「これは……?」

「知ってるだろ? イグドライドだ」

 息を呑んだ。イグドライド――大樹を支える超高硬度の金属。通常の鍛冶技術ではほとんど加工が不可能とされている代物だ。

「知ってます。赤枝にも使われている金属ですよね。でも、鍛冶で加工するのは……」

「そう、普通の方法じゃ無理だ。だが、私は少しだけど加工できる」

 ニナは不敵に笑い、金属片を作業台に叩きつけた。

「クウォン、お前もゼフィルの指導でエーテル視を覚えただろ? なら、こいつを鍛えている間に何が起きてるのか、見てみろよ」

「え?」

「いいから、目隠しをつけて感じてみろ。今のお前なら、分かるはずだ」

 言われた通りに目隠しを取り出し、静かに装着する。視界が完全に閉ざされ、暗闇の中に意識が沈む。代わりに、周囲のエーテルの流れが微かに感じ取れるようになった。

 ニナが動き出す。

「さあ、始めるぜ」

 彼女は炉の中にイグドライドを入れ、火を強める。炭が爆ぜる音とともに、金属がゆっくりと熱を帯びていくのを感じる。普段ならただ光って見えるだけの金属が、エーテル視を通して違ったものに見えてきた。

(……これは?)

 イグドライドの内部で、エーテルの流れが微妙に変化している。熱せられることで、金属の中に巡るエーテルがわずかに活性化し、波打っているのが分かる。

 ニナが鉄槌を握り、鍛冶台の上に赤く輝くイグドライドを取り出した。

「よし、見てろ」

 彼女はハンマーを振り上げ、次の瞬間――鋭く振り下ろした。その瞬間、信じられないものを目撃した。エーテルの流れが、ニナの一撃と同時に変化したのだ。

 彼女が槌を下ろすごとに、イグドライドの内部のエーテルが揺れ動き、それに沿うように金属が形を変えていく。

(まさか……エーテルの流れを見極めて叩いているのか?!)

 驚きに言葉を失っていると、ニナが笑いながら言った。

「気付いたか、クウォン」

「……ニナさんも、ゼフィルさんの言う『エーテルの流れを見極める技術』を、鍛冶に応用してるんですね」

「その通り。これを使いこなすまでそれこそ五年以上かかったが、私はようやくイグドライドを加工する方法を手に入れたのさ」

 ハンマーを置き、ニナは満足げに腕を組んだ。

「この技術があれば、もっと複雑な形状の武器も作れるかもしれねぇ。ただ……問題は、まだ決定的に新しい技術を生み出せてねぇってことなんだよな」

「決定的な新しい技術……?」

「そうだ。だから、お前に相談したいんだ。エルミナスの連中は、昔からの技術に固執しすぎてて、どうしても発想が凝り固まっちまってる。お前はアースティア出身だろ? だからこそ、俺たちが思いもつかないような発想ができるかもしれねぇと思ってな」

「なるほど……つまり、エルミナスの鍛冶技術にとらわれない、新しい視点が必要なんですね」

「そういうこった」

 ニナがにやりと笑った。

「お前の知ってる武器の話を聞いて、面白そうなのがあったら、実際に作ってみてやるよ」

「それは面白そうですね。ふむ……」

 どこから話そうかと迷う。だが、せっかくの機会だ。エルミナスの技術と融合できそうな武器を、じっくり考えよう。

「まずは地球に存在する武器の話からしてみます」

 ニナの目が輝いた。

「ほう……アースティアの武器か。そいつは面白そうだな」

 新しい技術の可能性に胸を躍らせながら、話を始めた。

 ◇    ◇    ◇

「さて、クウォン。それじゃアースティアの武器について聞かせてもらおうか」

 ニナは作業台に腰掛け、興味津々といった様子でこちらを見つめている。その横ではごうごうと燃える炉の熱気が揺らめき、鍛冶場の鉄の匂いが濃く漂っていた。

「わかりました。でも、どこから話せばいいか……」

 腕を組んで考え込む。地球の武器には多種多様なものがある。剣や弓などはエルミナスにも存在するが、問題はそれ以外の技術だ。法理術がない世界で発展した武器は、エルミナスの常識とはかけ離れている。

「アースティアでは法理術がない分、技術を極限まで追求することで武器を進化させてきました。特に遠距離攻撃の発展が著しいんです」

「ふむ、遠距離攻撃か」

 ニナは顎に手を当てた。

「アスタギアやエーテル式の弓や銃みたいなものか?」

「似ているようで、違うんですよ。例えば銃――火薬を使って金属の弾を高速で発射する武器があります」

「……ああ、エルミナスにも昔はあったぜ」

 ニナが懐かしむように頷く。

「火薬式の銃な。でも、今はもうほとんど残ってないな。エーテル式の投射武器が主流になったからな」

「エーテル式の投射武器?」

「ああ。前に使ったことがあるだろう? ウチでアスタギアを試したときに使った銃が。あれは術者のマナを使うのではなく、空気中のエーテルを集めて光弾を放つエヴァリアだが、イメージとしてはあれに近い」

 エヴァリアとは人が持つマナを使わずに扱えるアスタギアのことだ。以前エッタがエヴァリアのランチバスケットを見せてくれた時に説明を受けたが、最初にニナと模擬戦をしたときに使った銃もエヴァリアだったということか。

 ……まぁ考えてみればあの時は法理術どころかマナの装填もできない状態だったから、当たり前と言えば当たり前なのだが。

「しかし投射武器はマナの減衰が早くてな。特に物理的な銃弾みたいな小さいものだと弾速が早くても、すぐに法理術が乗らないただの礫のようなものになってしまう。そういった意味では矢のほうがまだ実用的だな」

「……なるほど、それならマナヴェールがあるエルミナスでは、火薬式の銃弾では決定打になりにくいんですよね」

「ああ、その通りだ」

 ニナが大きく頷く。

「エーテル式の投射武器もそれなりに強いが、魔獣のマナヴェールを貫通するには力不足だった。それに比べて火薬式は、一度撃てば再装填に時間がかかるし、魔獣のスピードに到底追いつけない。結局、近接戦闘用の武器やアスタギアが主流になっちまったってわけだ」

「なるほど……」

 エルミナスの戦闘事情は、法理術の影響で地球とは大きく異なる。地球なら強い武器と言えば銃火器が圧倒的な主流だが、エルミナスではマナヴェールのような強力な防壁を持つ相手が多いため、単純な投射武器では対応できないのだ。

「つまり、銃をそのまま持ち込んでもあまり意味がないってことですね」

「まぁ、そうなるな」

 ニナは頷いた。

「でも、お前の世界の武器の発想は面白いな。もっと聞かせてくれ」

「そうだ、地球の物語に登場する武器ならどうでしょう? エルミナスの技術と融合できる可能性があるかもしれません」

 魔法――というか法理術というものが存在する世界だ。そちらのアプローチのほうがもしかしたら良いのかもしれない。

「地球の物語に登場する武器?」

 ニナが興味を示した。

「つまりお前の故郷の空想の武器ってことか?」

「はい。例えば……蛇腹剣、ガンランス、ガンブレード、ライトセーバーとか」

「なんだそりゃ?」

 ニナが笑いながら言った。

「聞いたこともねぇが、面白そうだな」

「蛇腹剣は、刃が分割されており、伸縮自在に動く特殊な剣です。通常の剣のように扱うこともできますし、ムチのようにしならせて遠距離攻撃も可能です」

「ほう……。それは中々トリッキーな武器だな」

「ライトセーバーは……エネルギーの刃を発生させて戦う剣ですね。物理的な刃がない代わりに、強力なエネルギーのフィールドで切断力を生み出します」

「それは……多分アスタギアで普通に実現できるな」

「ああ、やっぱりそうか」

 まぁ想像はしていた。赤枝で光の刃を飛ばしたり、光の刃を纏って斬撃の威力を増すこともできる。そう考えるとまぁ多分できるだろうなとは思っていた。

「次にガンランスですが、槍に爆発的なエネルギーを加えて攻撃する武器です。衝撃を与えるときに爆発を利用して威力を増す仕組みになっています」

「ほう、爆発の衝撃で突きの威力を増すのか。面白い発想だな」

「エルミナスの技術なら、マナを使って似たような衝撃を再現できるかもしれません」

「なるほどな……」

 ニナは考え込む。

「で、次のガンブレードってのは?」

「剣と銃を融合させた武器です。斬撃を与えながら、銃の爆発力を利用してさらに威力を増します」

「ほう……。斬撃と射撃を融合か。……面白い。これは試してみる価値がありそうだ」

「ふむ」

 ニナはガンブレードに興味を持ったようだ。しかし……。

「ただ、問題は実用性です。ガンブレードはロマン武器とも言われていて、実際に運用するにはかなりの技術が必要ですし、そもそも銃の利点を活かせるかどうかも微妙です」

 某有名RPGのクール系傭兵主人公が使っていることで有名なガンブレードだが、あれは斬撃のインパクトの瞬間にトリガーを引くことで威力を増すことができる、といった設定だったはずだ。

 それにあの作品の中でもガンブレードは扱いが難しく、主人公とライバルの二人だけが使っているマイナー装備だったはずである。

「まぁ、何でも試してみなきゃ分からんさ」

 ニナは笑った。

「じゃあ、図面は書けるか?」

「はい。那由多の支援があれば、三次元のモックアップまで作れます」

 那由多の手を借りれば図面どころか3DCADでモデリングをして、それを3Dプリンタで出力することもできるだろう。

「おお、それはすげぇ!」

 ニナの目が輝く。

「よし、まずは試作品を作ってみようぜ!」

「分かりました。明日にでも研究棟で作成してきます」

「よし、期待してるぜ!」

 ニナは満足そうに腕を組んだ。

「クウォン、お前の発想はやっぱり面白ぇな」

 こうして、エルミナスには存在しなかった新たな武器の製作が始まることになった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました