研究棟から戻った翌日、フェルガンギルドへ足を運んだ。エーテル視の訓練を続けるために、ゼフィルや他のフェルガンの意見を聞いてみようと思ったのだ。
ギルドの扉を押し開けると、賑やかな声が迎えてくれる。依頼を待つフェルガンたちが談笑し、受付では職員が手際よく手続きを進めていた。
「おはようございます、クウォンさん」
受付に立つエレヴィーが、いつもの丁寧な口調で挨拶してくれた。
「おはようございます、エレヴィーさん」
彼女はこちらの顔を見るなり、何かに気付いたように目を細める。
「……ゼフィルさんの目隠しを真似したんですね?」
「え?」
思わず聞き返した。
「ゼフィルさんの目隠しを見て、憧れたんでしょう?」
エレヴィーは微笑みながら続ける。
「実は、ギルドにはそういう方、結構いるんですよ。ゼフィルさんのようになりたくて、目隠しを試してみるフェルガン、昔から何人かいましたよ」
「え、そんなにいるんですか?」
少し驚く。
「はい。ただ……皆さん、すぐにやめてしまいましたけれど」
彼女は小さく笑う。
「理由は単純です。『見えないと狩りにならない』と気付いてしまったんですね」
それには苦笑するしかなかった。
「まあ、確かに視覚なしで狩りをするのは、かなり厳しいですよね」
「ええ。でも、クウォンさんは違うんでしょう?」
エレヴィーは目隠しを指しながら、確かめるように言った。
「ただの真似じゃなく、目的があるんですよね?」
「ゼフィルさんの指導で、視覚に頼りすぎないようにするための訓練をしているんです。エーテル視を鍛えるために」
「なるほど、それなら納得です」
エレヴィーは微笑む。
「それにしても、これをつけたまま生活するなんて、大変そうですね」
「慣れるまでは結構苦労しました。でも、最近は少しずつですが、エーテルの流れを感じ取れるようになってきました」
「すごいですね。……でも、一応注意はしておいてくださいね。特に狩りに出るときはしっかり視界を確保しないと、怪我をしますよ」
「ありがとうございます、気をつけます」
エレヴィーの心配に礼を言いながら、ギルドの中を歩き出す。
◇ ◇ ◇
エレヴィーとの会話を終えたあと、ギルド内を歩いていると、ふと後ろから声をかけられた。
「おい、お前……」
振り返ると、三人組のフェルガンがこちらを見ていた。二人の男性と一人の女性。全員が屈強な体つきをしており、それなりの経験を積んでいることがわかる。
声をかけたのは、一番前に立つ赤茶の髪を持った男。近くで見ると、額の両側に短い角が生えている。オーガ族とヒュミリスのハーフなのだろう。鋭い目つきで腕を組みながらこちらを見据えていた。
その隣には、がっしりとした体格の虎人族の男。毛並みの整った耳と、肩口から覗く縞模様の毛皮が印象的だ。
そしてもう一人、女性は柔らかい雰囲気を持ちつつも機敏な身のこなしをしている兎人族だった。長い耳がピクリと動き、じっとこちらを観察している。
「ゼフィルの目隠しを真似してるって噂、本当か?」
赤茶の髪の男――オーガ族のハーフが問いかける。
「違いますよ。ただの真似じゃなくて、訓練の一環で……」
言い終わる前に、虎人族の男が軽く鼻を鳴らした。
「へぇ、訓練ねぇ。でも、それをやるってことは、相当ゼフィルに憧れてるってことだよな?」
「……いや、そういうわけじゃ」
兎人族の女性がくすっと笑いながら言った。
「ゼフィルに憧れて目隠しをするフェルガンって、昔からちょくちょくいたけど、最近は珍しいわね」
と、彼女は肩をすくめる。
「いや、本当に違うんですよ。これはエーテル視を鍛えるための訓練で……」
慌てて説明を試みるが、彼らはニヤニヤと笑いながら「なるほどねぇ」といった表情をしている。
「ま、話はともかく、こっちでゆっくりしないか?」
赤茶の髪の男が顎をしゃくりながら言った。
「え?」
「ギルドの中じゃ落ち着いて話せねぇだろ? ちょうど俺たちも一息つこうと思ってたところだしな」
虎人族の男が笑いながら言う。
「そうね。森の杯亭に行きましょう。ここよりはゆっくりできるし」
兎人族の女性が頷く。
確かに、ギルドの中では人の出入りも多く、落ち着いて話せる雰囲気ではない。彼らの提案に頷き、三人についていくことにした。

◇ ◇ ◇
ギルドを出てしばらく歩き、森の杯亭へと足を運んだ。昼時を過ぎた店内は程よく落ち着いていて、奥の方にある丸テーブルの席へと案内される。彼らは慣れた様子で席に着き、自分も向かいに腰を下ろした。
「さて、まずは改めて自己紹介だ」
鋭い目つきをした男が口を開く。額には短い角が二本。オーガ族の血を引いているのだろう。鍛え抜かれた体躯と豪胆な笑みが印象的だった。
「俺はラゼン。オーガ族のハーフだ。まあ見ての通り腕っぷしには自信がある」
「俺はガルド」
隣に座る虎人族の男が軽く顎をしゃくる。彼の肩から背中にかけて、虎特有の縞模様の毛並みが見えている。
「戦いは嫌いじゃないが、どっちかっていうと金が好きだな。だからこうしてフェルガンやってるってわけさ」
「フィオラよ」
対面に座る女性が微笑んだ。彼女は兎人族の特徴を持ち、長く柔らかそうな耳がぴくぴくと動いている。
「この二人とは違って、戦闘よりもサポートが得意なの。気配を消しての索敵とか、追跡なんかは任せてちょうだい」
「クウォン=クラシナです」
こちらも軽く頭を下げた。
「で、お前の話を聞こうか」
ガルドが腕を組みながらニヤリと笑う。
「さっきギルドで目隠しをしてたってことは、ゼフィルの影響ってことだよな?」
「いや、それは違います」
慌てて弁解しようとするが、ラゼンが豪快に笑う。
「ま、いいさ。ゼフィルの目隠しを真似したやつは今までにも何人もいたしな」
「真似じゃなくて、エーテル視を鍛えるための訓練の一環なんです」
そう言いながら、彼らの視線を受け止める。
「へぇ、ゼフィルの指導でってことか?」
フィオラが興味深そうに問いかける。
「そうです。視覚に頼りすぎないようにするために、訓練の一環として目隠しをしています」
「なるほどね」
ガルドが顎に手を当てながら頷く。
「で、お前は今どこに住んでるんだ? エントリアに住んでるんだろ?」
「はい。今は診療所でヘレナ先生の手伝いをしながら、フェルガンの狩りに参加したり、医術や法理術の勉強をしています。それと、エッタの家に居候しています」
「おいおい、妖精族のお嬢さんと一緒に暮らしてるのか?」
ラゼンが目を輝かせる。
「お前、意外とやるなぁ!」
「いや、そういうのじゃなくて……」
「ま、そういうことにしといてやるよ」
ガルドが笑いながらジョッキを手に取り、一口飲む。
「それより、『出稼ぎ組』ってなんですか?」
話題を変えようと、彼らに尋ねる。
「『出稼ぎ組』ってのは、俺たちみたいに大樹の高層――枝の上――から、わざわざエントリアまで下りてきて働いてる連中のことさ」
ラゼンがジョッキを置いて説明を始める。
「枝の上は暮らしやすいが、仕事が限られててな。家族が多いと、生活費を稼ぐだけでも一苦労なんだ」
「それで、エントリアで働いて、お金を家族に送ってるのよ」
フィオラが補足する。
「エントリアで活動できるエーテル耐性を持ってる奴は、こうして出稼ぎに来ることが多いんだ。俺たちみたいにフェルガンとして狩りをする者もいれば、工房で鍛冶仕事をする者、交易に関わる者もいる」
ラゼンは続ける。
「ここエントリアはエーテル濃度が高い分、危険も多いが、そのぶん報酬も大きい。枝の上じゃ絶対に得られない高収入が得られる。だから、エーテル耐性のある奴は、危険を承知で『下りて』くるんだ」
「それほど違うんですか?」
思わず聞き返す。
「当たり前だろ」
ガルドが頷く。
「枝の上じゃ、一ヶ月1000ブランが限界。でもエントリアなら、その十倍稼げる。だから俺たちは、命懸けでもここに来るんだ」
「俺とガルドなんか、妻が五人もいるんだぜ?」
ラゼンが笑う。
「養うのは大変だが、ここなら稼げる」
「私もね、夫と一緒に暮らす大家族――コロールの仲間たち――と、もっと安全な場所に家を買って、子どもたちにも安定した暮らしをさせてあげたいの」
フィオラが微笑みながら言った。
「エルミナスじゃ、家族単位の共同生活が当たり前で、私たちみたいに何人もの妻や夫と協力して暮らすことも多いのよ。大樹の枝は時々崩落事故があるから、みんなできるだけ安全な場所を求めてる。特に家族が多いと、一度事故が起きれば生活が一変しちゃうからね」
なんと、この三人は既に同じコロールの一員らしい。それにしても妻が五人……。ゼフィルも三人の奥さんが居たという話だったが……それが当たり前の社会なんだな。
日本の感覚では一夫一妻が普通だが、こっちでは家族を大きくしていくことが当たり前なのかもしれない。でも、そうなると当然責任も増えるわけで……養うために命がけで働くことも、彼らにとっては自然なことなのだろう。
それに、そういった家族や奥さんを置いてこの魔境に出稼ぎにくるということは、よっぽどの事情があったのだろう。
特にフィオラが言った「崩落のリスクの低い場所」という単語がどうしても頭に残る。先日のような崩落事故の脅威を考えると、誰だって、崩落の危険のない場所に住みたいだろう。そしてそのために家族を置いて出稼ぎにくる。納得はできるが、なんだか複雑な気持ちになる。
「なるほど……」
彼らの言葉を聞きながら、改めてエントリアの経済事情や人々の生き方について考えさせられる。
「まあ、お前にはまだ家族を養うって感覚は分からねぇかもしれねぇが……」
ガルドがニヤリと笑う。
「でも、周りを見れば分かるだろ? エッタに妖精族、メリアやライアもお前と一緒にいることが多い。これでコロールじゃありませんなんて、誰が信じるんだよ?」
「え?」
「エッタの家に住んでるんだろ?」
ラゼンが肘でこちらをつつく。
「妖精族に囲まれてるって、もうほぼコロールじゃねぇか?」
「それにメリアやライアも、お前の話題をよくしてるって聞いたぜ?」
それを聞いたフィオラがクスクス笑いながら言う。
「もしかして、あの二人も狙ってるんじゃない?」
「ちょっ……違いますって!」
「まあまあ、そう焦るなって」
ガルドが面白がるように笑う。
「エルミナスの女は積極的だからな。お前が気づいてないだけで、もう仕留められてるかもしれねぇぞ? それこそ成人になったところを見計らって……パクっと」
「そんなわけ……」
「……へぇ?」
冷え冷えとした声音が背後から降ってきた。その瞬間、空気が凍りつく。
「ん? なんだ、クウォン?」
ガルドがこちらを見ながら言葉を続けようとした瞬間、空気が変わった。
ガシッ!
「っが!!?」
ガルドの顔面に容赦ないアイアンクローが炸裂する。唐突な事態に、ラゼンとフィオラが目を丸くして凍りつく。
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
ガルドは必死にもがくが、すでに頭を完全にロックされている。
「クウォンが仕留められてる? ふーん……なるほど、そういう話をしてたのね」
冷静な口調とは裏腹に、その手に込められた力は確実にガルドの頭を締め上げていた。
そこに立っていたのは、メリアだった。
「ひ、ひぃぃぃっ……!」
状況を理解したラゼンとフィオラが、目を合わせた瞬間、即座に脱兎のごとく逃げ出した。
「は、速い……!」
自分も呆気に取られるほどの瞬発力だった。
「ま、待って……ぐ、ぐるじぃ……!!」
ガルドは両手でメリアの腕を掴んで必死に耐えるが、彼女は淡々とした表情のまま動じることなく、さらに指に力を込める。
「そうね、少しお仕置きが必要かしら?」
目を細めながら、ガルドを軽く持ち上げるメリア。その瞬間、彼の顔色が一段階青白くなった。
「ギ、ギブギブ! ギブですメリアさん!!!」
苦しさのあまり、カタコトになるガルド。
「ふふ、よろしい」
メリアがようやく手を緩めると、ガルドはぐったりとその場に崩れ落ちた。
「や、やばい……生きた心地がしねぇ……」
テーブルに突っ伏すガルドの肩をポンポンと叩きながら、メリアは穏やかな笑みを浮かべた。
「それじゃあ、クウォン。私たちはそろそろ帰りましょうか」
そう言うと、何事もなかったかのように、優雅に振り返る。
「あ、はい……」
自分は慌てて立ち上がり、後を追うことにした。
店の出口を出る直前、ふと後ろを振り返ると、ガルドはまだテーブルに突っ伏したまま動けず、ラゼンとフィオラは安全な距離から彼を気遣っていた。
「……なんだかんだで、彼らも家族を想う、普通の人たちなんだな」
メリアの恐怖を除けば、彼らとの会話は面白かったし、エントリアに暮らす人々の違う一面を知ることができた。
そんなことを考えながら、メリアと共に森の杯亭を後にした。



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