第33話 実践の証明、フェルガンの承認

 森を抜け、視界が開けた場所で、ゼフィルの低く冷静な声が響いた。

「全員、準備はいいか。相手は上位魔獣だ。気を抜くなよ」

 目の前に姿を現したのは、全長3メートルを超える巨大な四足魔獣『クロウアーマー』だった。その体表は鋼のような甲殻に覆われ、鋭い眼光が周囲を睥睨している。

 その巨体にもかかわらず、森を移動する姿には無駄な動きが一切ない。その場にいるだけで、周囲の空気を張り詰めさせる威圧感を放っていた。

「クロウアーマー、ね……防御力が高いだけじゃなく、突進の威力も厄介だな」

 赤枝を握り直しながら、そう呟く。

「油断するなよ。あいつの防御は並大抵の攻撃じゃ崩れない」

 ゼフィルが冷静に警告を発する。メリアが弓を引きながら、冗談交じりに声をかけてきた。

「クウォン、那由多とあなたで編み出した新しい技、見せてちょうだい」

「ええ、任せてください」

 緊張感を抑えつつ、赤枝を構え直す。

 ゼフィルの指示で戦闘が始まった。ゼフィルとニナが前衛に立ち、クロウアーマーの注意を引きつける。ゼフィルは相手の攻撃を引き付けながら、一瞬の隙を突くための指示を飛ばしていた。

 自分はその後方で、ミスティコードを組み上げる。また、それと同時に相手に向けて光刃を放っている。光刃が着弾するや否や、展開したミスティコードを発動する。

 発動したのは土属性の攻撃用法理術。生成された岩の槍が5本、先ほど光刃が着弾した箇所へ立て続けに飛んでいく。

 岩の槍が鋭い音を立てて甲殻を叩きつける。クロウアーマーの堅固な防御がマナヴェールごと削られていくのが目に見えた。

「グルァァァァ!」

 こちらの攻撃に苛立ったようで、クロウアーマーが激しい咆哮を上げながら突進してきた。巨体が木々を薙ぎ払い、地面を震わせながら突進してくる。

「アースウォール!」

 赤枝の石突きを地面に突き立てると、突進の軌道上に土の壁が三枚、立ちはだかるように形成される。

 この法理術は赤枝にプリセットされた法理術なので、即座に展開され相手の突進を妨害する。しかし、相手は上位魔獣、さすがにこの程度では突進力を削りきれない。

「クウォン! それじゃ足りない!」

 ゼフィルが鋭い声で忠告する。その言葉の直後、クロウアーマーの突進が土の壁を次々と粉砕していく。轟音と共に破片が四方に飛び散り、地面にはクレーターが残された。

「ちっ……」

 壁は突破されたが、突進の勢いは確実に弱まっている。このタイミングを逃すわけにはいかない。

「アヴァンティ!」

 展開が早くなったとはいえ、すぐにミスティコードを展開するのは無理と判断。二つ目のプリセットした法理術を展開。

「アヴァンティ」は言葉通り前方へ高速移動する技である。瞬時に間合いを詰めるような戦いの時に重宝する技である。しかし、この場合は……

「くっ……ギリギリか……!」

 体が先に動いていた。突進する巨体に正面からぶつかるわけにはいかない。横や後ろへの回避は、あのスピードで方向転換されたら逆に無防備になる。

 ――だから、敢えてその「突進」の軌道を削る。

 高速移動の「アヴァンティ」で、巨体の横をかすめるようにすり抜けた。風圧が頬を切り裂き、一瞬にして背後へと回り込む。成功だ。これでゼフィルに隙ができた。

「いい判断だ!」

 こちらに攻撃対象が向かったことでフリーになったゼフィルが鋭い一撃を放つ。

「また距離を取って立て直すんだ!」

 ゼフィルがまた相手の注意を自分に向け声を張り上げる。

 戦闘はさらに激化していった。相手は上位魔獣というだけあって、本当に硬い。しかも、何度もマナヴェールを突破して攻撃を届かせているのだが、本体自体の防御力もものすごく高い。

 そしてしばらくすると本体のマナヴェールが復活してしまい、またマナヴェールを削るところからやり直しといった具合である。

 以前の自分なら、まるで戦力にならなかっただろう。はっきり言って、単発の攻撃力はトップレベルのフェルガンである彼らにはまったく届かない。彼らの一撃が100とすれば、自分の攻撃はせいぜい10といった所だ。

 しかし那由多の協力で効率化された法理術は瞬時に状況に対応することを可能にする。

 さらに赤枝にプリセットされた法理術と自分で展開した法理術は同時に発動はできないものの、構築・展開・マナ装填というプロセスを巧妙にずらすことで間断なく法理術を展開することが可能なのだ。

 そうすることで、光刃・アースウォール・アヴァンティというプリセットされた法理術で攻撃・防御・移動を状況に合わせて回しながら、その合間にミスティコードを展開してさらに攻撃や支援を重ねることができるというわけだ。

 これによりなんとか30くらいの火力と味方への支援で、かろうじてパーティーに貢献できているという状況だ。

「こいつ逃げるつもりだ! メリア! クウォン!」

 ニナがいち早く相手の意図を察知して後衛であるこちらに指示を飛ばす。

 メリアは即風の法理術を矢に乗せ、射程を伸ばした矢を飛ばして跳躍して逃げようとした相手を叩き落とす。こちらも負けじと、自分はコードを展開する。

「アースランス!」

 地面から突き出た岩の槍が、倒れ込んだクロウアーマーを確実に仕留める。

「とどめだ!」

 ゼフィルが急所を突く一撃を放つ。クロウアーマーが断末魔の声もなく沈んだ。

 ◇    ◇    ◇

 戦闘が終わると、全員がほっと息をついた。倒れたクロウアーマーの巨体が静寂を取り戻した森の中で、異様な存在感を放っている。

 ゼフィルがこちらに歩み寄り、静かな声で言った。

「よくやった、クウォン。お前の法理術の進化は、正直驚かされた」

「ありがとうございます」

 赤枝を持つ手を緩めながら答える。

「でも、まだゼフィルさんたちみたいには……」

「謙遜は不要だ」

 ゼフィルがきっぱりと言う。

「今日の戦いで、お前がどれだけ成長したかは誰の目にも明らかだ。あの光刃からの連携、そして土属性を活かした防御と攻撃のバランス。自分なりに考え、工夫を重ねたことはわかる」

 メリアが笑みを浮かべながら横から口を挟む。

「そうよ。あの光刃から岩の槍までの流れなんて、本当に見事だったわ。自信を持っていいわ」

「それに、土の壁を展開して突進を減速させた判断も見事だった」

 ライアが頷く。

「ちゃんと周りをみて落ち着いて動けていた、合格」

「でも、まだ危なっかしい場面もありました」

 自分は肩をすくめながら言った。

 例の突進以外でも危ないシーンは何度もあった。例えば自分が使ったアースランスだが、同じ法理術を相手も使ってきた。メリアに引っ張られて避けることができたが、突然足元から生える岩の槍に肝を冷やしたものだ。

「それでいいんだ」

 ゼフィルが鋭い目でこちらを見つめる。

「今のままではまだ完璧じゃない。だが、お前はその不足を埋めるために努力している。そういう姿勢が何より大事だ」

 その言葉に、小さく頷く。ゼフィルの目には、ただの指導者としてではなく、どこか家族や兄のような温かさが込められているように感じた。

 ◇    ◇    ◇

 森の静寂を破る焚き火のパチパチとした音が心地よく響き、一日の疲労が全員を包み込んでいた。クウォンは早々に寝袋に潜り込み、穏やかな寝息を立てている。その顔には、今日の戦闘での充実感が滲んでいた。

 ゼフィルは焚き火をじっと見つめ、静かに呟いた。

「あいつ、成長したな。崩落災害のあとから、明らかに顔つきが変わった」

「ええ、確かにそうね」

 メリアが頷きながら言った。

「今日の戦闘でも、驚かされたわ。あの複雑なミスティコードを瞬時に構築して、しかも的な戦況に合わせて使い分けてくれるなんて」

「そうね。‥でも、どうしてそこまで必死になれるのかしら」

 ライアが少し首を傾げながら続けた。

「ただ歌を学びたいだけで、そこまで頑張る理由にはならない気がする」

 ゼフィルは焚き火に小枝をくべながら、静かに言葉を紡ぎ出した。

「お前たちは、あいつが『歌を学びたい』って言ったとき、その意味をどれだけ考えた?」

「どういうこと?」

 メリアが眉をひそめた。

「俺も最初はお前たちと同じだったよ。ただ歌を覚えて、声を磨いて、それを楽しむだけだと思ってた」

 ゼフィルは一瞬言葉を止め、炎の中に目を向ける。

「けど、この間エッタから話を聞いて、あいつが考える『歌を学ぶ』ってことの意味を知った」

「何を聞いたの?」

 ライアが目を丸くする。ゼフィルは少し遠い目をしながら続けた。

「エッタは言っていた。クウォンが言う『歌を学ぶ』っていうのは、その土地の文化や人々の生き様を理解し、歌うことだと。クウォンは、それを全部受け止める覚悟でいる」

 その言葉に、メリアとライアが一瞬黙り込む。

「ただ楽譜を覚えるだけじゃない。その歌が生まれた背景を理解し、その土地や人々が抱える苦しみや悲しみも含めて全て飲み込む。それが、クウォンにとっての『歌を学ぶ』ということなんだ」

「……それはまるで……」

 メリアがぽつりと呟いた。ライアが深い息を吐きながら言葉を続けた。

「まるで、昔の聖女の旅路そのもの」

 ゼフィルが焚き火の炎を見つめたまま静かに頷いた。

「かの聖女も、世界を巡り、人々を知り、土地を知り、そのすべてを慈しむ想いをもって旅を続けた。そして、その旅の果てに、“ある魔法”に到達したと伝承されている」

「まさか……クウォンも……?」

 ライアが息を呑む。メリアが思わず声を上げた。

「そんな……! それって……この子をこの世界に呼んだのが……それが……世界自身の意思なの?」

 その場に静寂が戻る。焚き火の音だけが響き、三人の間に緊張が漂った。ゼフィルが短く息をついた。

「いや、すまない。考えすぎだろう。あいつがどうしてここに来たのかは分からないが、今重要なのは、あいつが選んだこの道を俺たちが支えることだ」

「そう……そうね」

 メリアが小さく頷い、少しだけ安心したように笑みを浮かべた。

「確かに、そんな厳しい道を選ぶなんて簡単なことじゃないけど……でも、クウォンならやり遂げるかもしれないわね」

 ライアの声には、不思議な確信が滲んでいた。

「あいつが覚悟を持って選んだ道だ。ならばせめて、生き残るための術を教える。それが俺達のできる事だろうさ」

 ゼフィルは再び焚き火に目を向け、静かに言った。

 焚き火の光が揺らめく中、彼らはクウォンの歩む道の厳しさと、その先に広がる未来を思い、それぞれの胸に覚悟を刻んだ。

 ◇    ◇    ◇

 朝日が森に差し込む頃、目が覚めた。寝袋からゆっくりと身を起こすと、周囲ではすでにゼフィルたちが片付けを始めていた。焚き火の跡がほんのり温かい。

「おはようございます」

 眠たげな声で挨拶すると、メリアが手を振った。

「おはよう、クウォン。昨日は本当に頑張ったわね」

 彼女の優しい笑みに少し照れる。

「ありがとうございます。でも、まだまだ改善点は多いです」

 赤枝を軽く握り直しながら答えた。すると、焚き火の跡を片付けていたゼフィルが短く笑う声を上げた。

「昨日のお前を見て、改めて確信したよ。変わったな」

「変わった……ですか?」

 その言葉に驚いて顔を上げる。

「最初の頃の戦い方を思い出すといい。今みたいに冷静に状況を見極め、即座に対応するなんて、当時はできなかっただろう。今のお前は、何かを背負っているように見える」

 焚き火の跡を見つめながら静かに続けるその声には、どこか厳しさと温かさが混じっていた。その言葉が胸に染みて、少しの間、何も言えなくなった。

「……ありがとうございます」

 結局、それだけしか返せなかった。ゼフィルは焚き火の跡を見つめたまま言葉を続けた。

「だが、まだ足りないものがある」

「足りないもの……?」

 その言葉に、赤枝を握る手に力が入る。

「お前には、エーテルを感知する力が決定的に足りない」

 焚き火から視線をこちらに移し、真っ直ぐな目でそう言われる。

「エーテルを感知する力……」

 その言葉を呟くと、頭の中に浮かんだのは今までの戦いの記憶だ。確かに、周囲のエーテルの動きを感知できれば、もっと早く、正確に動けたかもしれない。

「昨日の狩りで相手が使ったアースランスを食らいそうになっただろ? あのタイプの法理術も実は発生する兆候がちゃんとある」

「それがエーテル感知ですか」

「ああ、相手の法理術の兆候を見逃さなければ避けることも難しくない」

「なるほど」

「しかし、元々エーテルのない世界から来たお前はどうしても視覚に頼りすぎる傾向にある。だからこそお前のその弱点を克服する。それが今回の課題だ」

 ゼフィルさんの言葉には、いつも以上に力がこもっている。

「今回の狩りが終わったら、早速始めるぞ」

 その宣言に、一瞬息を呑む。横からメリアが首を傾げた。

「ゼフィル、どうして急にそんな訓練を?」

 ゼフィルは焚き火の残骸をつま先で崩しながら答えた。

「お前たちも分かってるだろう、クウォンが選んだ道がどれだけ厳しいものか。中途半端な準備じゃ危険すぎる。俺たちができる限りのことを教えなきゃならない」

 その言葉に胸が熱くなった。ゼフィルがどれだけ真剣に自分を支えてくれているのか、改めて実感する。

「分かりました」

 気付いたら、強く頷いていた。

「よろしくお願いします」

 ゼフィルが小さく頷いた。

「期待してるぞ、お前の旅立ちの日は、そう遠くないからな」

 その言葉に、メリアとライア、ニナも静かに頷いていた。朝日が木々の間から差し込む中、赤枝を握りしめ、心に強く刻んだ。もっと強くなる、と。

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