ヴィオレ端末のデータサルベージを進める一方で、研究棟の地下にあるサーバールームの起動準備を整える。太陽光発電システムは最低限稼働しており、研究棟全体にわずかながらも電力が供給されている。
「さて、次はサーバーだ」
メインサーバーのスイッチを確認しながら、動作確認を進めた。
「サーバーって、どういうものなの?」
エッタが興味深そうに尋ねてくる。
「うーん、そうだな……。この建物を図書館だと考えてみて。サーバーはその図書館にある本棚みたいなものだよ。でも普通の本棚とは違って、このサーバーは本を読み上げたり、必要な本を選んでくれたりもするんだ」
「本棚が……自分で本を選んでくれるの?」
エッタが首を傾げた。
「そう。例えば、『法理術に関する資料を全部出して』って頼むと、関連する情報をすぐに集めてくれるんだ。さらにその情報を整理して、どう使えばいいかアドバイスまでしてくれることもある」
「なるほど、ただ保存するだけじゃなくて、情報を活用するための仕組みでもあるのね」
メリアが納得したように頷く。
「その通り。研究者にとっては欠かせない存在だよ。自分たちはここにある情報を基に、新しいアイデアを生み出したり、実験の計画を立てたりしていたんだ」
サーバールームの電源を入れると、奥の端末群がゆっくりと動作音を響かせ始めた。冷却ファンの低い音が耳に心地よく響き、ディスプレイにはシステムの起動ログが次々と表示される。
「動いた……!」
ほっと胸を撫で下ろし、キーボードに指を置く。
「やったわね、クウォン」
メリアが後ろで見守る。
サーバー内のAIプログラム、「那由多」の起動コマンドを入力しようとして、ふと指を止めた。機械の箱からいきなり人の声がしたら、この世界の住人である二人は驚くかもしれない。少しでも馴染みやすくした方がいいだろうと判断し、追加のコマンドを打ち込んだ。
「GUIモード、アバター表示オン……と」
エンターキーを叩くと、隣の大型モニターの黒い画面に無数の光の粒子が集まり始めた。それらは瞬く間に幾何学的なラインを描き、一人の女性のシルエットを形成していく。
モニターの中に、淡く発光する女性の姿が浮かび上がった。なかなか凝ったエフェクトだ。某SFファンタジーアニメの影響を受けたというだけのことはある。
そして待つこと数秒。ディスプレイに見慣れた画面が表示され、優しい女性の声がスピーカーから響いた。
「ようこそ、クウォン=クラシナ。久しぶりのアクセスを歓迎します」
「那由多!」
自分の声が少し高くなった。
「以前のセッションから、約3か月が経過しています。今日はどのようなサポートが必要ですか?」

那由多の音声は冷静かつ丁寧で、どこか人間的な温かみを感じさせる。その声を聞いて、なぜか実家に帰ったような気持ちになる。相手は無機質なAIだとはいえ、この世界に来る前からの友人のようなものであった為だろう。
「動いた……本当に動いた」
エッタが驚きの声を上げる。
「これが、クウォンの言ってた……えーあい?」
「そう、これがAI、つまり人工知能さ。人をサポートするために作られたんだ」
那由多が続けるように説明を補足する。
「私は情報の収集、分析、問題解決を支援するために設計されています」
エッタが目を見開いて驚きの声を上げた。
「本当に話してる……。でも、なにを言っているかは聞き取れないわ」
「あ、やっぱりそうなのか。魔法で言葉の壁がなくなったとはいえ、さすがに機械には適用されないようだね」
「そうなのね。なんだかすごく不思議。聞いたことのない呪文を聞いているみたい」
メリアが静かに呟いた。
「本当にね。この世界だと、どんな人も言葉が通じるから、こうして通じない言葉を聞くのがすごく新鮮ね」
なるほど。そういう感じ方をするのか。それはなかなか斬新だ。もう少し、この魔法やなぜ那由他がエルミナスの言葉の言葉を理解できないかを考えてみるのも面白そうだが、とりあえずはこの件は後回しにすべきだろう。
「それで那由多。今の状態はどう?」
「現在電力供給が制限モードであるため、パフォーマンスは通常時の40%程度となっています」
もちろん、この施設は地球の電力網とは切り離されている。それでも、太陽光発電システムが最低限の電力を供給しているため、何とか使用できる状態を維持していた。しかし、高性能AIである那由多を100%使えるほどの電力供給はさすがに無理のようだった。
「なんだか不思議ね」
エッタがまだ半信半疑のように呟く。
「まあ、慣れると普通に感じるよ」
そう言いながらも、再びこの声を聞けたことに感動していた。
「今日はデータ修復のサポートと、それから法理術の学習を効率化するための準備を進めたいんだ。那由多、手伝ってくれる?」
自分がそう言うと、那由多は数秒の間を置いてから答えた。
「リクエストを承認しました。ただし、『法理術』という用語および関連情報は、現在のデータベース内に存在していません。詳細な説明と補足情報の入力が必要です」
「だろうな……。法理術はエルミナスの世界特有の概念だから、地球のデータにはないはずだ」
自分は考え込みながら答えた。那由多がさらに続ける。
「未知の概念に関する情報を学習させるためには、以下のプロセスを推奨します:概念の概要説明および使用例の提供。実際のデータサンプルまたは観察記録の入力。他の既存データとの関連性の構築」
「なるほど、具体的にどうすればいいんだ?」
自分が尋ねると、那由多は冷静な音声で指示を付け加えた。
「法理術に関する基礎情報を可能な限り言葉で説明してください。その上で、法理術がどのように使用されるか、具体例を記録することが重要です。また、可能であれば関連する視覚的または物理的なデータの取得を試みてください」
「言葉で説明するか……簡単じゃないな」
頭を掻きながら考える。
「例えば、光属性の法理術は治癒や浄化に使われる技術で、エーテルを操作して効果を発揮する。……でも、正直、自分もまだ完全に理解しているわけじゃない」
那由多が応答する。
「初期データとして記録しました。追加の情報が得られ次第、学習モデルを更新し、理解精度を向上させます。また、既存のデータから推論を行い、類似性のある既知の概念と比較して分析を進めます」
「似たような概念……例えば、地球の物理学や化学でエネルギーを使う理論みたいに?」
自分の問いに那由多は即座に応えた。
「その推論は妥当です。法理術という現象を、地球の物理学における“エネルギー転送”や“場の理論”に近いものとしてモデル化することで、理解を進める可能性があります」
「それなら、実際にヘレナ先生の治療法や、自分が学んだ技術を記録しながら入力していけばいいんだな」
希望が湧いてきたような気がした。
「はい。それに基づき、効率的な学習環境を構築します」
那由多の声は安定していて、どこか安心感を与えてくれる。
「すごい……未知のこともこうやって学べるのね」
エッタが感心した様子で画面を覗き込む。那由他の言葉は通じてないはずだが、自分の言葉は通じているので、その内容からおおよその理解をしたのだろう。
「それってつまり、この子がこれから法理術を理解していくってこと?」
メリアが慎重な声で尋ねた。
「そういうことになるね。今は自分の説明と、これから集めるデータが頼りだけど」
そう自信を込めて答えた。エッタが静かに頷きながら言った。
「じゃあ、私たちが日々使っている技術やその感覚も共有した方がいいのかしら?」
「そうしてくれると助かるよ。エルミナスの住人である皆の視点が、那由多にとっても貴重なデータになると思う」
「わかったわ。それなら私も協力するわ」
「ありがとう、エッタ。これがあれば、もっと効率よく学べる。今回の崩落で、自分の知識や技術がまだまだ足りていないことを痛感したから」
成人するまでの時間でできる限り多くのことを身につける必要がある。ならば手段を選んでいられない。使えるものはなんだって使うべきだろう。そう決意して、再び那由多を見る。きっと大丈夫、こんな心強い相棒がいるのだから。
◇ ◇ ◇
那由多のサポートにより、修復ツールが起動すると、端末の画面に損傷したデータのリストが次々と表示された。赤や黄色で示されたデータの多くは深刻な破損を受けており、完全な復元は難しそうだった。それでも、修復可能なデータがあると分かっただけでも、わずかな希望が持てた。
「クウォン、これでどれくらい修復できるの?」
エッタがモニターを覗き込みながら尋ねる。
「正直、どこまでいけるかは分からない。見たところ、かなりのデータが破損している」
自分でも期待と不安が入り混じった感情を抱えながら答えた。那由多が続けて説明する。
「端末内のデータ構造を解析中です。一部の破損したデータは修復可能な見込みです。ただし、処理には時間を要します」
「ということらしい」
那由他の言葉を代わりに伝える。
「時間がかかるのね」
メリアが少し不安げに言う。
「そうだな。けど、このツールが動いてくれるだけでも助かるよ」
そう言いながら、進行状況を確認する。
◇ ◇ ◇
約30分が経過した頃、那由多が静かに報告を告げた。
「データの修復が完了しました。閲覧可能なファイルは3つです」
「3つ……!」
急いでファイルリストを確認した。リストにはいくつかの画像ファイルと動画ファイルが並んでいた。その中から最も興味を引いたのは、竹ノ内が自撮りした写真と動画だった。震える手でその一つをクリックすると、画面には見覚えのある親友の笑顔が映し出された。
「竹ノ内……」
思わず声が漏れる。
「この人が?」
エッタが画面を指差して尋ねる。
「ああ、こいつが親友の竹ノ内顕在だよ」
画面の中の竹ノ内は、晴れ渡る空を背に笑顔を浮かべ、カメラに向かってピースをしていた。その背後には、エルミナスの大樹の上に広がる村のような建物が映り込んでいる。
「彼も、この世界に来ていたのね……」
エッタが感慨深げに呟く。
「そうだと思う。この写真はきっと、この世界のどこかで撮られたものだ」
自分の声が少し震えるのを感じた。
「クウォン、背景をもう少し拡大してみて」
メリアが画面を凝視しながら言う。
「いいですよ……よっと」
画像の背景部分を拡大して画面に表示する。
「背景の建物……どこかで見たことがあるわ」
メリアが画面を覗き込みながら考え込む。
「建材の色合いや配置、それに空の雰囲気からして、おそらくここは第3枝の一部ね」
「第3枝……?」
彼女の推測に驚きながら、思わず尋ね返した。
「ええ、第3枝は比較的安定した枝の一つで、居住エリアも多いの。大樹の中でも特に人口が多く、発展した地域が広がっているわ。その特徴的な建物の配置やデザインから、他の枝と見分けることができるわ」
メリアは画面を指差しながら説明を続ける。
「うん、この背景に映っている建物や広場の感じは、第3枝にある村のものと似ている」
「つまり、竹ノ内は第3枝にいる可能性が高い……」
画面を見つめながら呟く。その言葉とともに、胸の奥に小さな希望が灯るのを感じた。だが、胸の奥には不安も残る。この写真がいつ、どこで撮られたのか、アンド今彼が無事なのかはわからない。この画像だけでは、竹ノ内の安否を判断するには足りなかった。
「次のファイルを見てみよう」
手が自然と震えるのを感じながら、次の動画ファイルを再生する。すると冒頭から、竹ノ内の声が聞こえてきた。
「えーっと、これでちゃんと撮れてるかな……うわっ!」
動画の中で竹ノ内は、自撮りの最中にバランスを崩し、ヴィオレ端末を手から滑らせた。画面が激しく揺れ、端末が宙を舞いながら回転する。そのまま海へと向かって落下し、水面にぶつかる直前で映像が途切れた。ヴィオレは一応防水ではあるが、海水に長時間使ってしまってはどうしようもないのだろう。
「これで落ちたのか……」
苦笑しながら呟いた。
「つまり、この端末が落ちたのは事故で、本人は無事だったと考えていいのね?」
メリアが慎重に確認するように言う。
「そうみたいです。この映像のおかげで、あいつが崩落災害に巻き込まれていないことは分かりました」
胸の中に溜まっていた不安が、少しずつ和らいでいくのを感じた。エッタが優しく微笑みながら言った。
「クウォン、よかったわね」
「ああ、本当に……」
目を閉じて深呼吸し、心を落ち着けた。
「これで確信できた。あいつは第3枝のどこかにいる」
「大樹を登る理由が、また一つ増えたわね」
エッタの言葉には、静かな決意が込められていた。
「ああ……そのためにも、成人までにもっと多くのことを学び、強くならないといけない」
そう言いながら、ヴィオレ端末をしっかりと握りしめる。指先に伝わる冷たさが、不思議と気持ちを引き締めてくれるようだった。竹ノ内がどこかで生きているなら、いつか必ず会える。だが、それには自分がもっと成長しなければならない。
目指すべき道は変わらない。大樹を登る先に、知りたい答えがあるのだから。



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