朝日が昇り始めたころ、一行は野営をたたみ、朝食を囲みながら次の予定を確認していた。焚火で温められた香ばしいスープの匂いが漂う中、リーダーであるゼフィルが口を開いた。
「さて、今日は少し予定を変更する。クウォン、お前にも次の狩りに本格的に参加してもらう」
その言葉に思わず手を止めた。
「自分も……ですか?」
少し驚いた声を上げる。昨日の通過儀礼を以って「法理術を学び始めた初心者に本物の魔獣の恐ろしさを知らしめる」というミッションは完了し、あとは熟練のフェルガン達の狩りを見学するものだと思っていたため、その言葉は予想外だった。
「そうだ。昨夜、皆でお前の戦い方について話し合った。順当に考えれば、お前は見学だけではなく、実戦経験を積むべきだと判断した」
ゼフィルの声は静かだが、その裏に信頼が込められているのがわかる。
「自信を持って。あなたなら十分やっていけるわ」
メリアが微笑みながら言った。
「とはいえ、初心者をいきなり集団戦に投入するなんて普通はあり得ない話だ。でもクウォン、お前は特別だ」
ニナがスープを飲みながら言葉を続けた。
「特別……ですか?」
「そうさ。お前は戦場における集団戦の基礎ができている。経験があるかどうかはともかく、昨日の戦い方を見れば、一つ確かなことが分かった」
ニナはスプーンを置き、クウォンをまっすぐ見つめながら続けた。
「なぁクウォン、集団戦で一番怖いのは何だと思う?」
……集団戦闘で、最も危険な要素。それは――。
「状況を見誤り、独断専行してチームを危険に晒すことです」
「正解だ。だからこそ新人を入れて集団戦闘をする上で怖いのは力量の不足ではなく独断専行だ。そういった意味ではそこを理解しているクウォンが無駄に突っ込んだり先走ったりしないという判断だ。皆もこれには同意している」
視線があったライアが軽く笑みを浮かべた。
「大樹の上を旅したいなら、今ここで覚えられることは全部吸収しておいた方がいいわよ」
ゼフィルが軽く咳払いし、一同の注意を引いた。焚火の揺れる光に映る彼の姿は、どこか威厳を帯びている。
「クウォン、お前が目指している旅は想像以上に困難だ」
彼の低い声には、数多くの戦場を生き抜いてきた者の重みがあった。
「この第0枝の森のように、魔獣たちが跋扈する危険地帯を抜け、大樹の上へ進む。それは単に強さだけで成し遂げられるものではない」
ゼフィルはクウォンを一瞥し、言葉を続ける。
「生き残るには、戦う技術だけじゃなく、状況を判断する力が必要だ。そして、お前はそれを持っている。だが……それを試す機会がなければ、本当の力にはならない」
焚火がパチリと爆ぜる。
「だからこそ、今ここで学べ。どんな時でも、貪欲にな」
ゼフィルの言葉は胸に響く。地球にも様々な国家があり人種がある。そこを渡り歩こうとすれば、当然楽しさだけではなく、危険もある。 そしてこのエルミナスは魔獣が跋扈する世界であり、世界を旅する以上は魔獣による脅威とは必ず向き合わなければならない。それこそ、その魔獣の脅威にも一人で立ち向かって行ける強さが必要だろう。目指している夢がどれだけ壮大で、同時に厳しいものなのか、改めて実感させられた。
◇ ◇ ◇
その日の昼、次の狩りが始まった。ターゲットは昨日と同じ「中位魔獣」。だが、今回は一対一ではなく、チームとしての戦いだった。メリアが自分にマナヴェールを張ることで、ある程度の安全マージンが設けられた。
「クウォン、私が張ったマナヴェールがあなたを守るわ。ただし、これは『完全防御』じゃない。攻撃を受けると、一時的に衝撃を吸収してあなたを吹き飛ばす仕組みになっているわ」
メリアが慎重に言葉を選びながら説明する。
「これで、致命傷は防げる。ただし、回避しないとその衝撃で意識を飛ばすことになるかもしれないわよ?」
なるほど、ダメージを食らうとそれに応じた反動で吹き飛ばされるらしい。これは危険からあえて遠ざけるという配慮なのだろう。吹き飛ばされる……スマ〇ラかな? ゼフィルが低く指示を飛ばす。
「前衛は俺とニナだ。メリア、ライア、そしてクウォン、後方支援に回れ。ただし、クウォン、お前は積極的に攻撃に参加するんだ」
その言葉に、緊張感が一気に高まる。 そして戦闘が始まった。 戦闘は開始早々から熾烈を極めた。標的は尾が太い鞭のようになっているトカゲ型の魔獣で、突進、遠距離攻撃、尾による薙ぎ払いと、多彩な攻撃を仕掛けてきた。
指示通り後衛としてメリアの射線を遮らないように立ち回って、魔獣のマナヴェールの狙った箇所を光刃で削るというアシストに徹しているが、距離を取っているからと言って安全であるということはもう全くと言っていいほどない。
一定距離を保とうとしても、素早い動きですぐに距離が詰まる。ゲームのように前衛がヘイトを稼いで、常にターゲットが前衛に向く……などと言った都合のいいことは現実では起こらないらしい。 油断するとすぐに攻撃が飛んでくる。全力で相手の挙動に意識を割いていると、光刃の生成に意識が向かなくなり攻撃の手が止まってしまう。回避に徹しながら、なんとか隙を見て光刃を飛ばすのだが、如何せん足場も悪い。
瓦礫や薬莢の転がっている屋内や一応は森の中での戦闘に関しても訓練を受けているが、このような高速戦闘での回避などはまったくもって想定外である。
「ぐっ……!」
尻尾の一撃を受けて吹き飛ばされる。マナヴェールに守られてはいるが、地面に叩きつけられる衝撃で体中に痛みが走る。何度も転がりながら、ようやく赤枝を支えに立ち上がる。
「大丈夫か、クウォン!」
ライアの声が飛ぶが、それに応える余裕はない。 光刃を生成し、何度も魔獣のマナヴェールに向かって放つが、完全には突破できない。それでも攻撃を続ける中、ゼフィルとニナが隙を作り、メリアの矢が防壁の隙間を貫いた。
「いけ、クウォン!」
ゼフィルの指示に従い、光刃を纏った赤枝を全力で防壁の隙間に叩き込む。その一撃一撃が徐々に効果を上げ、ついに魔獣は倒れた。
◇ ◇ ◇
魔獣の巨体が地面に沈黙すると、フィールドに静寂が戻った。一息つく間もなく、ゼフィルが低い声で指示を飛ばす。
「次の魔獣に移る。クウォン、お前はここで見学だ」
連戦が厳しいと判断したのか、ゼフィルからそのような指示をされる。こちらは指示通り後ろに下がって、次に現れる魔獣を待ち構える。 現れたのは先ほどと同じ魔獣。それも三匹。これは厳しい戦いになるか……と身構える。
「ニナ、すぐ終わらせるから一応クウォンの傍にいてくれ」
「あいよ」
その言葉に驚いた。先ほどの戦闘を考えると、ニナを遊ばせておく余裕なんてないはずである。その意図がわからずニナのほうを見ると、
「大丈夫さ、まぁ見ていな」
そんな風に顎で前を見るよう促される。 三匹の魔獣を迎え打つ三人は先ほどの戦闘のような緊張感はなく、目配せでなにかを伝え合ったあとで行動に移した。 三人は武器に光を纏わせ、それぞれが対峙する魔獣相手に一斉に攻撃を放った。

すると、その攻撃はマナヴェールをそのまま破り相手を倒してしまった。
「は? え?」
その光景を目の当たりにし、そんな言葉しかでてこなかった。魔獣は一撃で仕留められ、抵抗する余地さえなかった。
「クウォン、これが上位のフェルガンの本当の狩りさ」
「……え? じゃあさっきまでの戦いは……?」
「あれは、お前に対魔獣の集団戦を学ばせるための訓練だった」
ニナが軽く肩を竦めながら言う。
「本気の狩りは、相手のマナヴェールの弱点属性を分析して、そこに最大効率の攻撃を叩き込む。本来なら、魔獣をまともに暴れさせることすらないのさ」
「……えぇ」
「まぁ最初からあれを見せても参考にならなかったし、集団戦の練習にもならないだろう?」
「それはまぁ……そうですが」
圧倒的な上位のフェルガンの力量を見ても、釈然としない気持ちは理解してもらいたい。先ほどあれほどボロボロになって倒した相手が、圧倒的な力量で蹂躙されていくのだ。
……ああ、なるほど。こうして自らの力量を知ったあとで、頂きの高さを理解させる。それもまた通過儀礼なのだと。 そして彼らからのメッセージも受け取った。 「この世界を旅するにはこのくらいの力量が必要だ」、と。
◇ ◇ ◇
数日間の狩りを終え、身体の疲労は隠せなかったが、それ以上に得たものがあった。村の門が視界に入ると、安堵と共に、己が少しだけ強くなれたという実感が胸に湧いた。 ゼフィルが先頭に立ち、村の中心部に向かって歩を進める。ひときわ目立つ建物が視界に入った。石と木で組まれたその構造は、村の簡素な家々とは異なり、まるで砦のような重厚さを持っていた。
木の香りが漂う巨大な扉が開かれ、そこから中に入ると、ものすごい活気が広がっているのが感じ取れた。 ギルドの中に足を踏み入れると、そこは熱気と活気に満ちていた。鋼のぶつかる音、獲物を運び込む掛け声、仲間同士の冗談交じりの談笑が絶えず響いている。壁には様々な戦利品が飾られ、巨大な掲示板には依頼書がずらりと並んでいた。
また、大きなエアスフィアも数機並んでいて、次々と魔獣の死骸がその中に包まれて浮かび上がっていく様子が見えた。エアスフィアの受け渡しエリアからは、魔獣の大きさに驚かされるほどの迫力が伝わってきた。
「ここがフェルガンギルドだ」
ゼフィルが軽く振り返り、説明をする。その活気に圧倒されながらも、一行は足を踏み入れた。瞬時に、ギルド内のフェルガンたちの視線が集まり、特に自分に向けられる視線には好奇心と興味が入り混じっているのがわかる。
ゼフィルが大きな声で言った。
「こいつはクウォン。今回、通過儀礼を終えた期待の新人だ。皆、いろいろ教えてやってくれ」
その言葉を受けて、周囲のフェルガンたちが一斉に笑顔で声をかけてきた。
「新人か。よろしくな!」
「この第0枝で通過儀礼をやったって? なかなかやるじゃないか!」
その温かい反応に少し戸惑いがあった。これまで自分が抱いていた「フェルガン」という職業は、戦いや狩りを生業として生きる者たち、荒々しくて粗野な集団だというイメージが強かった。 しかし今、目の前にいるのは思った以上に温かい、どこか人間味のある人物たちだ。彼らがどうしてこんなにも好意的に接してくれるのか、正直理解が追いつかない。

そんな自分の気持ちを察したのか、ニナが軽く笑って言った。
「この魔境で生き延びるには、誰かと助け合うしかない。フェルガンは戦いで生きる者たちだけど、それは孤独な戦いじゃない。だからこそ、新しく加わる者も、私たちは自然と仲間として迎え入れるんだ」
その言葉は、彼女の温かさと優しさを感じさせる。確かに、魔境の中で生き抜くためには、無縁のもの同士が協力し合うしかないのだろう。
そして、驚いた顔をしている自分に、ゼフィルが少しだけ笑みを浮かべながら補足した。
「ここにいる者たちは、全員が一度は自分の命を掛けて戦ったことがある。だからこそ、仲間のようなものさ。生き残った者たちが、どうやって支え合い、前に進んでいるか、を知っているんだ」
その言葉は、ゼフィルが持つ深い経験に裏打ちされたものだと感じる。自分も、その中に加わることになるのだ。 この温かい歓迎の中で、自分の「新しい家族」がここにいることを実感する一方で、同時に少しの不安も感じた。これからこの地で、自分がどんな成長を遂げ、どんな仲間たちとどんな冒険をしていくのか、まだ見ぬ未来が広がっているような気がして、胸が高鳴った。
◇ ◇ ◇
フェルガン達への顔見せを終えて、目的である受付に向かう。ギルド内では、狩りの成果物が次々と査定されていき、活気があふれていた。クウォンはその光景に圧倒されつつも、ゼフィルたちに続いて報酬の受け取りを待っていた。
「クウォン、ここでエアスフィアで送った魔獣の査定と報酬の受け取りができるのさ。今回もそれなりの成果だったから期待してもいいぞ」
「あの……自分、皆みたいに積極的に戦ったわけじゃないのに、報酬をもらってしまっていいんでしょうか? 訓練の一環だったようですし」
そう問いかけると、メリアが柔らかく微笑みながら言った。
「クウォン、最初のイノシシのような魔獣との戦いだけではなく、その後もちゃんと戦力として戦っていたでしょ? 確かに最初はオブザーバーとして戦いを見ていたかもしれないけれど、その後は明確に戦力として参加していたし、ちゃんと貢献していたわ」
「そうさ。フェルガンの狩りは単独行動じゃなく、分業制だ。戦った者だけが報酬を得るわけじゃない」
ニナが言葉を続けた。
「例えば、索敵や囮役、後衛支援、魔獣の搬送……どれも狩りに必要な役割さ。お前がやったことは、戦闘そのものだけじゃなく、チームとして機能することだったろ?」
「でも、自分はまだ未熟で……」
「だから何だ?」
ニナが軽く笑う。
「じゃあ、見習いフェルガンは何ももらえないのか? そんなわけないだろ?」
メリアが優しく補足する。
「新人もチームの一員よ。もちろん戦力としての比重は小さいかもしれない。でも、それでも一緒に動き、学び、貢献したなら、それは正当な報酬を受け取る権利になる」
「……そういうものなんですね」
まだ少し納得しきれていない表情をしていると、ゼフィルが口を開いた。
「クウォン、お前は自分がしてきたことを軽く見すぎている」
彼の静かな言葉に、はっと息をのんだ。
「初めての集団戦、初めての魔獣戦……そこでお前は、最後まで逃げずに立ち回った。お前の行動が無駄だったとは、俺たちは思っていない」
「それに、これは狩りの世界の掟でもある」
ニナが言葉を添える。
「狩りに参加した者は、それがどんな形であれ、成果を分分かち合うのさ」
その言葉を静かに受け止める。 (自分がやったことは、微々たるものだったかもしれない。でも、それでも「役割」として認められるのなら――)
「……わかりました。ありがとうございます」
「わかってもらえて何より。さて、クウォン。査定を待っている間に話しておかなければならないことがある。フェルガンになるためのことだ」
ゼフィルが続ける。
「大樹に上がり旅をするというクウォンの夢のためには、フェルガンの資格が必須だ。しかし、フェルガンは成人にならないとなれない。だが、フェルガン見習いになれば、成人でなくてもその活動に参加できる。見習いのうちに技術を身につけて、正式に成人したら一人前のフェルガンとして活動できる。だから、フェルガンとして学びながら活動することができる」
ゼフィルの説明に少し安心したが、それでも心の中で別の疑問が湧き上がる。
「えっと、一応自分はもう24歳の成人ですが……」
自分の年齢を言うと、ニナが目を細めて首をかしげた。
「24歳か……。それなら、やはり気になることがあるな」
ニナが言うと、メリアがさらに詳細に説明を加えた。
「エルミナスでは、実際の年齢がそのまま『成人』として認められるわけではないのよ」
その言葉に驚く。
「え? どういうことですか?」
「エルミナスではアーシャ齢というものが使われていて、それが種族ごとに正規化された年齢になるの」
「アーシャ齢?」
初めて耳にする言葉に首をかしげた。
「アーシャ齢は、種族ごとに異なるマナの減少の速度を基準にした年齢のことよ。例えば、長命種であるあなたは、実際の年齢は24歳でも、マナの衰退速度からアーシャ齢では成人と認められる年齢には達していない可能性が高いわ」
メリアの言葉に衝撃を受けた。
「つまり、エルミナスでは自分はまだ成人として認められないかもしれないということですか?」
「おそらくね」
ニナが穏やかに頷く。
「エルミナスではアーシャ齢が20歳で成人とみなされる。見習いは18歳からでも始められるけど、それでも単独で活動するには成人の基準をクリアする必要があるのよ」
メリアの冷静な言葉に、胸の中に微かな重みが広がっていく。
「そ、そんな……。つまり、ここでは……『子供』扱い!?」
言葉に出して確認すると、ニナが頷く。
「そうだな。お前はエーテリッドを受けて長命種になったのだろう? おそらく、マナの衰退速度から見て成人までにはまだ時間がかかるはずだ」
――成人。旅立つために必要な条件。これまで、自分がエントリアに来てから抱いた夢を少しずつ形にしてきたけれど、それは「そう遠くない未来に」実現するものだと無意識に思い込んでいた。しかし、今突きつけられた現実は違う。
「……つまり、まだ当分の間はここで鍛え続ける必要があるってことですね」
現実を受け入れるように呟くと、メリアが優しく微笑んだ。
「焦る必要はないわ。長命種であるあなたには時間がたっぷりあるのだから。まずはしっかり力をつけることが大切よ」
「そうだな。それに、旅に出る準備だって簡単じゃない」
ゼフィルが補足する。 ニナが軽く笑いながら言葉を添えた。
「アーシャ齢については後でヘレナ先生に詳しく聞くといい。あの人なら、お前の状態も正確に計ってくれるはずだ」



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