第15話 通過儀礼、魔境を歩む者たち

 夕食の席、エッタが少し改まった表情で口を開いた。

「クウォン、明日から法理術の訓練を次の段階に進めるわ」

 その一言に、スプーンを持つ手が止まる。訓練の次の段階……?

「えっと、次って……何をするんだ?」

 警戒心を込めて尋ねると、エッタはさらりと答えた。

「法理術を使った魔獣との戦闘訓練よ」

 戦闘訓練――その響きが頭の中でぐるぐると回り、不安が胸の奥でじわりと広がる。

「ちょっと待って、戦闘訓練? 早すぎない?」

 自分の声が少し上擦るのがわかった。今の自分ができるのは光刃と水の玉の生成くらい。こんな状態で魔獣相手なんて無謀すぎる。  エッタはそんなこちらの反応を見て、少し笑みを浮かべた。

「まあ、本当はもう少し先に予定していたのだけど、今回同行してくれる“フェルガン”たちのスケジュールが合わなくてね。でも訓練と言っても、社会見学のようなものよ」

「フェルガン?」

 思わず聞き返すと、エッタは頷いた。

「フェルガンとは、『魔境を闊歩する者』という意味で、魔境と呼ばれる魔獣が活動する領域で活動する人たちのことよ。魔獣を狩ったり、旅人を護衛したり、素材を収集したり――要するに、魔境と人の領域を繋ぐ仕事をしている人たちね。この村も元々は彼らが第0枝で活動するための拠点だったものが、次第に規模が大きくなって村になったのよ」

「なるほど……」

 フェルガン――その言葉の響きには、どこか神秘的な力強さがあるように感じられた。

「明日はそのフェルガンの熟練者たちに同行して、狩りの様子を見学するのが主な目的よ。もし機会があれば、実際に戦うこともあるかもしれないけど、それも基本的なものだけ」

 エッタの言葉には相変わらず引っかかるものを感じる。「見学」と「戦闘」という言葉が同じ説明に入るのは不穏すぎる。

「基本的なものって……?」

 尋ねると、エッタはそっと赤枝を指差した。

「プリセットされている光刃だけで倒せるレベルね。クウォンにわかりやすく言うなら、以前私たちがこの村に来るときに遭遇した大蛇くらいの魔獣より、ほんの少し強いくらいかしら」

 以前、この村に来る途中で遭遇した、成人男性を丸呑みにできるほどの巨大な大蛇――エッタはあのとき、それをたった一撃で仕留めてみせた。その光景を思い出し、少しだけ背筋が冷える。

「これまでの練習で、マナ装填までの時間は十分実用レベルに達しているし、移動しながらの発動もできている。だから、基本的な魔獣戦闘のステップに進んで問題ないはずよ」

「それに、昨日ヘレナ先生のアドバイスを基に、赤枝の光刃を光属性用にチューニングしておいたわ。その威力は以前の倍以上。だから扱いには十分注意してね」

 倍の威力……。それは心強いが、同時に怖くもあった。

「……わかった。気をつけるよ」

 エッタの言葉に、小さく頷くしかなかった。

「あと、この狩りは数日かかる予定だから、野営の準備も必要よ。でも心配しないで、私が全部用意しておいたから」

 彼女がそう言って、にっこりと微笑む。その笑顔に、少しだけ安堵した。  野営……キャンプ……。地球で好きだったアウトドアの記憶がふと蘇る。ワクワクする気持ちと、初めての戦闘訓練への不安が入り混じり、胸の中がざわめいた。

「まぁそういうわけだから、今日は早く休んで明日に備えるのね」

 エッタの言葉に従い、部屋に戻る。赤枝を手に取り、その穂先が静かに輝いている様子をじっと見つめた。その光は、期待と恐れを同時に抱かせる。

「……よし、頑張ろう」

 小さく呟き、明日への決意を新たにした。

 ◇    ◇    ◇

 翌朝、エッタに連れられて村の広場へ向かうと、朝日に照らされた空間に4人のフェルガンたちが待っていた。村の広場とは思えないほどの緊張感が漂っており、彼らの存在感だけで場の空気が引き締まる。

「クウォン、この人たちが今回同行するフェルガンのメンバーよ」

 エッタが一歩前に出て、順にフェルガンたちを紹介し始めた。

『異界の月のソプラニスタ』の挿絵。創作ファンタジー小説

「まずはこの人。今回のリーダー、ゼフィル=アエロさん。村の警備隊の指揮官でもあり、この第0枝での狩りの経験では右に出る者はいないわ」

 そう言って指差されたのは、無骨な革鎧に身を包んだ中年の男性だった。目元には黒い布が巻かれており、おそらく視力を失っているのだろう。だがその立ち姿には堂々とした威厳があり、周囲に圧倒的な存在感を放っている。

「よろしく頼む」

 低く渋い声が響くと、彼は正確な動きで手を差し出してきた。その動作には無駄がなく、洗練された技術の片鱗を感じる。  握手を交わすと、彼の手は硬く、長年剣を握り続けた者だけが持つ特有の感触だった。だがその背後にある視力の問題が気になる。

「安心しろ」

 ゼフィルは微かに笑みを浮かべ、言葉を続けた。

「目が見えなくても、周囲のエーテルの流れを感じ取れる。おかげで、目で見る以上に多くのことがわかるのさ」

 その言葉に驚きが隠せない。こちらが口に出す前に疑問を察し、応えるその余裕と洞察力に圧倒される。

「次はメリア=スィルヴァン。エルウィン族の弓使いで、正確無比な射撃が得意よ」

 エッタが示したのは、長い銀髪を美しく編み込んだ女性だった。緑の瞳は静かな湖を思わせる澄んだ輝きを湛え、どこか物憂げな雰囲気を纏っている。

「貴方がクウォンね。初めまして。メリアって呼んでね」

 彼女の声は柔らかく、旋律のような響きがあった。背負う弓は木目が美しく、単なる武器というよりも芸術品のようだ。

「噂には聞いていたけど、本当に天然の黒い髪なのね。まるで夜空のような黒……すごく素敵ね」

 その言葉に、思わず頬が熱くなる。彼女の目は好奇心に満ちおり、じっと見つめられると自然と視線を逸らしてしまう。

「あら、照れているのかしら。ふふ」

 小さく笑う彼女の仕草に、年上の余裕を感じた。

「そして、この人はもう説明はいらないわね」

 エッタが視線を向けたのは、先日赤枝の件で世話になった鍛冶師のニナ=アンバーライトだった。

「よう、クウォン。赤枝の調子はどうだい?」

 屈託のない笑顔でニナが声をかける。

「すごくいいです。おかげで助かっています」

 その答えに満足げに頷いた彼女の仕草は、職人としての誇りが滲み出ている。

「それは良かった。あれは自信作だからね。役に立ててもらえて嬉しいさ」

「ところで、ニナさんも狩りに行くんですね」

「もちろんさ。鍛冶師の本業だけじゃなく、素材集めも重要な仕事だからね」

 彼女の力強い言葉に、こちらも力をもらえた気がした。

「最後はライア=ナイトグロウ。猫人族の狩人で、夜間の偵察や追跡が得意よ」

 エッタが紹介したのは、猫耳を持つ若い女性だった。肩までの灰色の髪に、夜光塗料のように輝く瞳が印象的で、その身のこなしはまさに猫そのものだ。

「初めまして、クウォン。ライアよ」

 軽やかに差し出された手を握り返すと、その手は驚くほど温かかった。ちなみにその手は肉球のある猫の手を想像していたが、至って普通の人と同じ手だった。

「困ったらいつでも頼って」

 柔らかく微笑むその表情は親しみやすく、自然と警戒心を和らげる魅力がある。  自己紹介を終えた後、ゼフィルが前に一歩出て口を開いた。

「この森は、俺たちが普段から狩りをしている場所だ。だが、第0枝という土地柄、何が起きるかは誰にも予測できない」

 低く響く声に、場の空気が一段と引き締まる。

「こちらも安全には配慮するが、くれぐれも油断しないこと。特に、初心者にとっては命取りになる状況が多い。この場では常に最悪を想定して動け」

 その威厳ある言葉に、自然と背筋が伸びた。これから向かうのはピクニックではなく、命のやり取りをする狩場。失敗すれば、こちらが狩られる側になる。それを自覚しながら、頭を切り替える必要があると強く感じた。  エッタに見送られながら、緊張と期待を胸に一行は森の中へと足を踏み入れていった。

 ◇    ◇    ◇

 ゼフィルに導かれるように、一行は鬱蒼とした森の中へと足を踏み入れた。樹々が視界を覆い、陽光は細かな線となって地面に届いている。森の中は湿り気を帯びた独特の匂いが漂い、足元の土は柔らかく弾む感触だ。

「ここが普段から狩りをする場所か……」

 目に映る景色は美しいが、その奥底に潜む危険を想像すると気が引き締まる。  ゼフィルがゆっくりとした足取りで先頭を歩きながら、こちらを振り返らずに言った。

「この森は広大だ。魔獣も豊富にいるが、それ以上に気を抜けばあっという間に飲み込まれる」

「ゼフィルさん……さっき、目の話をされていましたよね」

 森の中での沈黙が気になったのもあり、気になっていたことを口にしてみた。彼は歩を止めず、穏やかながらも鋭さを含む声で答えた。

「ああ、俺の目が見えないことが気になるか?」

「いえ、失礼かもしれませんが……その、エーテルの流れで周囲を感じ取れるって、具体的にどういう感覚なんですか?」

 好奇心が勝ったのか、思わず尋ねてしまう。ゼフィルは一瞬の沈黙の後、小さく笑った。

「そうだな……目を閉じているのに、すべてのものが微細な光の粒として浮かび上がって見える感覚に近い」

「光の粒……ですか」

 その言葉を頭の中で反芻しようとしたが、具体的なイメージが湧かなかった。  ゼフィルは続けて説明した。

「エーテルはあらゆるものに存在している。生き物の呼吸、樹々の成長、風の流れ。すべてがエーテルを通して痕跡を残すんだ。それを視覚に変換するのが俺のやり方だ」

「なるほど……じゃあ、目で見る以上に周囲がわかるというのも納得です」

「そうだ。ただし、万能ではない」

 ゼフィルは歩みを止め、振り返る。その姿に、他のメンバーも立ち止まり、彼を注視した。

「エーテルの流れは外的要因で容易に乱される。強い風、濃い霧、さらには魔獣の強力なエーテル干渉。こうした要素が加わると、俺の感覚も誤る可能性がある」

 その現実的なリスクを聞き、ただただ便利な能力というわけではないのだと理解する。ゼフィルの言葉に潜む重みが、彼の経験の深さを物語っていた。

「……でも、それでも周囲の状況を正確に把握しているのは、本当にすごいです」

 ゼフィルは微かに笑みを浮かべ、再び前を向いた。

「俺はこうして生き延びてきた。ただ、それだけのことだ」

 その簡潔な一言が、彼の生き様を象徴しているようだった。

 ◇    ◇    ◇

 その後も一行は静かに森を進む。ライアは気配を研ぎ澄まし、メリアは弓の調整を確認している。ニナは周囲の地形を確認しながら進む道をしっかりと踏みしめている。

「クウォン、これが第0枝での狩りさ」

 ニナがふと声をかける。その言葉に込められた意味は明白だった。この森に広がる景色は美しいが、そこには常に危険が潜んでいる。この場では気を抜くことは許されないのだ。

「あたしら人はこの世界において圧倒的な強者ではなく、狩るものと狩られるものの立場は容易に入れ替わる。常に警戒を怠らず、驕らず、そして自身もそういった世界の一部として受け入れる。それがこの過酷な第0枝で生き残るための秘訣さ」

 そう言ってゼフィルやライア、メリアのほうを見る。  ゼフィルの姿はまるで森の中の風そのもののように自然で、ライアの耳は微かに動きながら周囲の音を拾っている。メリアの目は常に遠くを見据えており、隙がない。そしてニナの確かな歩調には、揺るぎない自信が感じられる。

 それぞれの存在が、この森でどれほどの経験を積んできたのかを物語っている。自分がその背中について行くことで、少しでも彼らのように近づけるのだろうか。  そんな事を考えながら森を進んでしばらくした頃だった。突然、ライアが静かに手を挙げ、全員を立ち止まらせた。その動きに、空気が一瞬で張り詰めるのを感じた。

「前方に魔獣がいる」

 彼女の声は低く、鋭かった。  その声に耳を澄ますと、森の奥から重く鈍い唸り声が響いてくる。同時に、足元の土が微かに震えた。

「……地響き?」

 呟く声に答えるように、ゼフィルが冷静な声を上げた。

「クウォン、前へ出ろ」

 彼の言葉に、思わず動揺して顔を上げる。

「え? 自分が……?」

 ゼフィルの視線は、黒い布に覆われた目元から真っ直ぐこちらを射抜くようだった。盲目のはずなのに、すべてを見透かしているかのような気配がある。

「クウォン、これが初めての狩りだ」

 言葉は簡潔で、選択肢を許さない響きを持っていた。  そのままゼフィルは振り返り、ほかのメンバーに指示を飛ばす。

「全員、後方に下がれ。クウォンの初陣だ」

 誰も反論することなく静かに後退し、自分だけが前に押し出される形となった。  木々の隙間から、巨大な影がゆっくりと姿を現した。イノシシに似たその魔獣は、地面に爪を食い込ませるようにして重たい足音を響かせている。その巨体は3メートルを優に超え、剛毛に覆われた筋肉の塊のようだ。鋭い牙が光を反射しながらこちらを睨むように向けられる。

「……なんだ、あれ」

 目の前に広がる現実に、思わず言葉を失った。  その時、イノシシ型魔獣が低い唸り声を上げ、全身の筋肉を収縮させるのがわかった。そして次の瞬間――

「来る!」

 気付いたときには、すでに巨体が地響きを立てながら猛然とこちらへ向かっていた。圧倒的な速度、地を割るような力強さ――ただの猪突猛進ではない。

「くっ……!」

 咄嗟に横へ飛び退く。魔獣の牙がすぐ背後をかすめ、地面をえぐり取った。抉られた土と砕けた岩が飛び散り、その衝撃で背後の木が根元から倒れる。

(……こんな相手と戦うのか?)

 震える手で赤枝を構え直す。リーダーであるゼフィルが自分ひとりに任せたという事は、自分でどうにかなる相手だという判断なのだろう。しかし、3メートルもあるイノシシのような魔獣が法理術を学んで最初に相手にする相手というのはいくらなんでも予想外である。社会見学と聞いていたのに、いきなりこれなのか?

「ああ、そうか……」

 不思議とそんな声が漏れる。  ここは高濃度エーテルに適応した人と獣の最果ての地。より強く、より早く適応した者でないと生き残れない魔境。そう語ったエッタのセリフを思い出した。ここではこれが普通。そういうことなんだろう。

 ……すると、もしかするとエッタの言った「社会見学」というのは……。  そんな思考を遮るかのように目の前の大型のイノシシのような魔獣が再び突進してくる。

「っと、いけないいけない」

 頭を振り自分に言い聞かせるように呟き意識を目の前に戻す。穂先にマナを送り込み、光の刃を放つ。威力が上がったことで丸太の一本や二本は軽く両断する光の刃は一直線に魔獣に向かい、その巨体に命中する――はずだった。  だが、刃は魔獣の体に触れる直前、弾かれるように霧散した。

「何……?」

 目を見開きながらも、魔獣が再び突進してくるのを見て、とっさに身を翻した。衝撃波のような風圧が体を叩きつけ、土埃が舞い上がる。

「このっ……!」

 光刃を再び生成し、別の角度から放つ。だが結果は同じだった。刃が弾かれ、魔獣には傷ひとつ付けられない。

(通じない……どうしてだ?)

 焦りを抑えながら魔獣を観察する。その巨体を包む空気が、かすかに揺らいでいるのが目に入った。

(揺れている……これってまさか……)

 瞬間的に、以前ニナと手合わせした時の記憶が蘇る。あの時感じた法理術の防壁――。

(まさか、こいつも防壁を持っているのか?)

 今の攻撃が通らなかった理由は明白だった。魔獣が防壁を展開し、攻撃を相殺しているのだ。

「これは……厄介だな」

 赤枝を構え直し、冷静に状況を整理する。ゼフィルたちは一切手を出さず、こちらをじっと見つめている。  つまり――この状況も含めてすべて予定通りということなのだろう。

(防壁があるってことは……)

 一度攻撃を受けたときの感触を思い出す。防壁の揺らぎは攻撃の瞬間に一瞬だけ不安定になった。

(なら……連続して攻めれば、崩せるかもしれない)

 光刃を再び生成し、今度は一点集中攻撃を試みる。

「これでどうだ!」

 連続で光刃を放つ。最初の一撃はまた弾かれる――だが、次第に防壁が波打ち始めた。

(やっぱり、確実に防壁が揺らいでる)

 魔獣は突進を止めずに向かってくる。ならば――今ここで決めるしかない!

「砕けろ!」

 叫びと共に、最後の一撃を叩き込む。五発目の光刃が、ついに防壁を突き破る。手応えと共に、空気が一気に変わるのを感じた。魔獣の周囲を包んでいた見えない揺らぎが、完全に消失したのだ。

(……今しかない!)

 即座に、赤枝を強く握り、隙を衝いて魔獣へと突撃する。

「これで終わりだ!」

『異界の月のソプラニスタ』の挿絵。創作ファンタジー小説

 穂先が、直接魔獣の側面に突き刺さる。重厚な体毛を貫き、肉へと食い込むと――

「グオオォォッ!!」

 魔獣が巨体をのけ反らせ、重い音を立てて地面に崩れ落ちた。森中に響くその音は、すべてが終わったことを告げるものだった。

 ◇    ◇    ◇

「よくやった、クウォン」

 ゼフィルが重い足取りで歩み寄ってきた。その声には感嘆と安堵の色が微かに滲んでいた。こちらは肩で息をしながら赤枝を支えに立っている。振り返ると、ゼフィルの視線がまっすぐ自分に向けられているのを感じた。目は黒い布で覆われているのに、見透かされているようだった。

「ゼフィルさん……これは一体……」

 口から零れた言葉は、疲労と混乱の入り交じったものだった。

「通過儀礼だ」

 静かに告げられたその言葉に、全てが腑に落ちた気がした。  後ろからメリアが柔らかな声で付け加える。

「法理術を覚えたばかりの初心者は、力を手に入れたことで危険を軽視し、無茶をすることが多いの。それを防ぐために、実戦でその力が絶対的ではないこと、そして危険と向き合う覚悟を教えるのがこの儀式の目的よ」

 彼女の言葉はどこか穏やかだったが、その中に確固たる意図が感じられた。

「……それを使えるのは、自分だけじゃない、ってことか」

 視線を赤枝に落とし、さっきまでの戦闘を振り返る。危険な場所だと告げられていたことから、この場所や魔獣自体を侮っていたわけではないが、この数日で習得した手軽で強力な光刃と言う武器、そしてどこかまだ意識が地球の常識に囚われていて、軽く見ていたと言われればあながち否定もできない。

「でも、一つ間違えば……死んでいた可能性もあったんじゃ?」

 視線をイノシシ魔獣が突進でなぎ倒した木や砕かれた岩に向ける。あの突進をまともに受けていたら、こんな小さな体ではひとたまりもなかっただろう。

「気付かなかったかもしれないけど、私たちがマナヴェールと呼ばれるクウォンを守る防壁を張っていたのよ」

 メリアが優しく答える。

「マナヴェールは、魔獣や法理術を使う者が作り出すエーテルの膜のようなものよ。攻撃を無効化したり、威力を大きく削ぐことができるわ」

 その説明を聞き、改めてイノシシ魔獣が光刃を弾いた光景を思い返す。

「そうか、あれがマナヴェール……」

「でも相手も使ってましたよね? その、マナヴェールとかいう防壁」

「そうね。それも通過儀礼の一環よ。法理術を使った攻撃術はマナヴェールのような対抗策を持たない者に対しては一方的になるくらい強いのだけど、マナヴェール持ちだといきなり難易度が上がるの」

「マナヴェールを持たないタイプの魔獣から持つタイプの魔獣にステップアップする時の事故が本当に多くてね。それで早い段階でマナヴェール持ちの魔獣を知っておくというのも今回の狙いよ」

「そういうことだ。もちろん、これはあくまで訓練。命を危険にさらすようなことはしないさ」

 ゼフィルが肩を竦めるようにして続けた。

「ただし、それを感じさせない状況で学ばせるのが重要なんだ」

 その言葉に少しだけ安堵を覚える。

「だが、お前は本当に良くやったよ。通過儀礼とはいえ、第0枝の魔獣を初見で倒すとはな」

 ゼフィルの言葉には少しだけ誇りが滲んでいた。それが胸に温かく響く。

「ありがとうございます」

 素直に頭を下げながら、ようやく少しずつ緊張が解けていくのを感じた。フェルガンたちはそれぞれ自分の装備を確認しながら息を整えていた。ニナが魔獣の残骸を見下ろし、満足げに頷く。

「さて、この獲物をどうするかだな」

 そうして、第0枝での初陣が幕を閉じた。自分はようやく、状況が終わったことを実感し始めた。

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