訓練場に到着すると、まずはここまでの復習だ。赤枝を使って光刃を発動し、次に紙片を使った水の玉の生成を試みる。これまでよりも早く、そして安定して発動できるようになっている自分に、少しだけ満足感が湧いた。
「よし、今日もやってみるか」
紙片を見つめながら、頭の中にミスティコードを描く。昨日までは形がぼんやりしていたが、今日は何度か試すうちに、はっきりとした輪郭が浮かび上がった。マナを集中させると、手のひらにふわりと水の玉が現れる。
「……よし、安定してきたな」
練習を始めて3日目、水の玉の生成を頭の中だけで安定的に行えるようになった。この進歩に、自分でも驚いていた。
「次はもう少し応用を試してみるか」
紙片を手放し、体内のマナを流す感覚を改めて意識する。手のひらだけではなく、指先や足元へとマナを送るイメージを持つ。最初は難しかったが、5日目には、これが驚くほど自然にできるようになっていた。 次の挑戦として、足元から水の玉を生成してみる。
地面に意識を集中し、マナの流れを足の裏へと誘導すると――ふわりと、小さな水の玉が宙に浮かび上がった。
「……おお、できた!」
赤枝の穂先からも同じように試す。水の玉が浮かぶたびに、身体の感覚が研ぎ澄まされていく。発動の自由度が増すことで、練習の幅も広がった。 次のステップとして、動きながら法理術を発動する練習を始める。まずはゆっくりと歩きながら水の玉を生成することに挑戦した。最初はタイミングがずれて玉が不安定になったが、何度か試しているうちにコツを掴めた。
「よし、次は少しスピードを上げてみよう」
軽く小走りしながら水の玉を発動。走る動作に集中すると、マナの流れが乱れる。だが、それを意識して制御することで、次第に慣れていった。そして10日目、とうとう走りながら安定して発動できるようになった。
「これでエッタにも胸を張って報告できるな」
その瞬間、訓練場の入り口に人影が見えた。エッタと、もう一人の女性――ヘレナ先生だった。
「クウォン、調子はどうかしら?」
エッタの声が響く。これから何が待っているのか、期待と緊張が入り混じる中で、やってきた彼女たちを迎えた。
◇ ◇ ◇
訓練場の入り口に立つ二人に向かって軽く手を挙げる。エッタは笑顔を浮かべながら近づいてきたが、隣のヘレナ先生は冷静な表情でこちらを見つめている。
「クウォン、調子はどう?」
エッタがまず口を開いた。
「順調だよ。動きながら水の玉を生成できるようになったくらいには」
そう答えると、エッタは目を丸くして驚いたようだった。
「それって……本当に?」
「見てみる?」
軽く笑って赤枝を構えた。集中し、走り出すと同時に穂先にマナを送り込む。すると、滑らかな動きで水の玉が穂先に生成される。そのまま動きを止めずに赤枝を振り、いくつもの水の玉を空中に「置いて」いく。

「すごいわ……」
エッタが小さく呟いた。 ヘレナ先生は片眉を上げるだけで何も言わない。その視線には興味深げな色が宿っている。 エッタが目を輝かせながら近づいてきた。
「クウォン、これ本当に一人でここまで練習したの?」
「まあね。毎日通い詰めたからな」
「信じられない……。普通は動きながらの法理術発動なんて、初心者には難しいのに」
エッタの驚きを横目に、ヘレナ先生はしばらく考え込むように口元に手を当てた後、改めてこちらを見た。
「クウォン君、本当に法理術は初めてかい?」
「ええ、初めてです。ただ、うちの実家には『気』の流れを意識するような訓練法がありまして。それを応用してみました。マナの流れに似てる感じがしたから、試してみたら意外とうまくいきました」
「実家」で「姉達」と共にやらされた訓練のことを話す。数日前に体内のマナの移動の速度を上げようと苦慮している時に、ふと思い付きでやってみたのだ。
「気の流れ……?」
エッタの疑問に、ヘレナ先生が初めて口を開いた。
「それ、本当に地球の話なのかい?」
彼女の目が鋭くこちらを見据える。その視線に、少しだけたじろいだ。
「ええ、地球では法理術なんてなかったので。でも……まあ、知られてないだけで、実はどこかで法理術は使われていたのかもしれません」
「ほう?」
ヘレナ先生が興味深そうに問いかける。
「地球では、世界的に有名な魔法の映画があるのですが、魔法使いは一般の人とは違う場所に隠れて住いて魔法というモノは世界から秘匿されて一部の人のみが使っている、という設定です。そう考えると、地球でもどこかで隠れて法理術を使ってる人たちがいるのかも、と思った次第です」
ヘレナ先生が目を輝かせた。
「なるほど、面白い発想だね。……いや、実際にそういう伝承や物語があるなら、本当に地球にも秘匿された法理術が存在していたのかもしれない」
エッタも興味津々といった様子で、
「それにしても、クウォンの言っていた訓練法って、法理術の事前修練法に似てるわね。それ以上に効率がいいように感じるけど……」
「そうだな。事前にそういう訓練をしていたのなら、これだけ早く法理術を使いこなせているのにも一応説明がつく」
二人の視線が熱を帯びていく中、少し冷や汗をかきながら苦笑いを浮かべた。
「やはり君は興味深いな。今度機会を作ってゆっくり話そうじゃないか」
「はい、ぜひ」
「必ずだよ……おっと話がそれてしまったね。まだ今日の目的を話していなかったね」
「そうですね。先生はなぜこちらに」
「今日は保留にしてた君の法理術の属性を明らかにするために来たのさ」
「あ、そういえばあの時は結局何の属性かわからなかったのでしたね」
「ああ、前回は簡易検査方式だったからね。今回はもっと詳しい方式で調査を行うよ」
そう言うと、彼女は小さな紙片と幾つかの指輪を取り出した。
「まず、この指輪をはめて、ミスティコードを使ってみてくれたまえ。手のひらにマナを集中させて、発動させてね」
紙片には簡素な模様が描かれている。それをじっと見つめ、頭の中にイメージを浮かべながらマナを注ぎ込むと、手のひらの上に白い玉が現れた。
「うん、悪くないね」
ヘレナ先生が片眼鏡を装着し、玉を観察しながらメモを取る。
「でも、これだけでは判断が難しいようだな……次に、これを試して」
彼女は二つの指輪を手渡してきた。それを装着し、再びマナを注ぎ込むと、白い玉の色がわずかに変化した。

ヘレナ先生はさらに計測を続け、ようやく納得したように頷く。
「ふむ……面白い結果が出たよ」
ヘレナ先生はメモ書きを一瞥して続ける。
「クウォン君、結論を言うよ」
ヘレナ先生が腕を組み、少し満足げな表情でこちらを見てくる。
「君は地属性と光属性の二つの属性に適性がある。これは『リ・エレンティア』と呼ばれる特殊なタイプだ」
「リ・エレンティア……?」
初めて聞く単語に戸惑いながら尋ねると、ヘレナ先生は軽く頷き、説明を続けた。
「二つの属性に適性がある人のことだよ。一応、割合で言うと100人に1人くらいはいるけどね。ただ、上位属性が絡む組み合わせとなると、ほとんどいない」
「ほとんどいないって……それ、どれくらい?」
興味を引かれてさらに尋ねると、彼女は指を顎に当てて考える素振りを見せた。
「うーん、3000人に1人ってところかな? でも君の場合、光属性が絡んでるからさらに珍しい。エントリアでも光属性を使える人は限られてるからね」
「なるほど、それで前回は属性がわからなかったのですね」
思わず苦笑いする俺を見て、ヘレナ先生が声を上げて笑った。
「そういうこと。リ・エレンティア自体は珍しいがいないわけではなく、風と火・水と地のリ・エレンティアは割とメジャーではある。でも光と地というのは聞いたことがなくてね」
「ふむぅ……ちなみにアースティアが皆リ・エレンティアだったということはないですか?」
「ないね。記録によるとアースティアの二人はそれぞれ水と金の属性だったようだ」
なるほど。アースティアだからリ・エレンティアというわけではないようだ。しかし、希少だと言われてもピンとこない。これは喜んでいいものか。
「ちなみに属性についてだけど、基本的な属性は5つ。火、水、風、地、金。そして上位属性が闇と光の2つ。これがエントリアで使われる法理術の根幹だね」
ヘレナ先生は紙にそれぞれの属性を書いて見せる。中心の円の中に闇と光を書き、それを五角形で囲んで、各頂点に基本属性を配置する。
「こうやって並べるのは、上位属性がすべての基本属性を包摂し、支配していると考えられているからなんだ。光と闇は根源的な力。それがあってこそ、火や水といった個別の属性が存在できるというわけさ」
ヘレナ先生は紙にそれぞれの属性を書いて見せる。中心の円の中に闇と光があり、外周に5つの基本属性がそれを囲むようにならんでいる。これがエルミナスでの属性の概念らしい。 ヘレナ先生は説明を続ける。
「ちなみに先ほど言ったリ・エレンティアはそれぞれここに書いた属性とは違った呼称で呼ばれる。例えば風と火は焔(ホムラ)、水と地は潤(ウル)といったようにね」
「なるほど、ちなみに自分の光と地のリ・エレンティアは何と呼ばれるのでしょう?」
「地と光の組み合わせは珍しくて、自分の知る限り名前がないんだ。過去の文献にもほとんど記録がないしね」
ヘレナ先生は軽く肩をすくめた。
「ただ、古い書物で一度だけ見たことがある気がするんだよね。でも確信はない」
「そうですか……ちなみに、リ・エレンティアだとなにかメリットがあるのでしょうか?」
「あるとも。リ・エレンティアはその名の通り普通は一種類の属性のところを二種類の属性を使うことができる。これがまず一点目のメリットだな」
なるほど。本来一人一つの属性の適正があるところを、リ・エレンティアは二つ適性があるということのようだ。それは確かに大きなメリットと言えるだろう。
「もう一つは複合属性の法理術を使うことができるというところだ。これはリ・エレンティアの特権と言ってもいい。本来複数の属性を持った法理術は干渉やマナのバランスの問題で使うことは難しいのだが、リ・エレンティアはこれを可能とする。……まぁ二つの属性を使う関係で習得も単属性よりも掛かってしまうデメリットもあるがね」
「おお、複合属性の法理術! なんか強そうですね!」
「ああ、強いとも。いずれの複合属性法理術も既存の法理術の上位に存在するものばかりさ。まぁ、リ・エレンティアだからといって必ず習得できるわけでもないわけだが……」
「習得できるとは限らない……?」
「そうなのさ。同じ組み合わせの属性持ちのリ・エレンティアでも人によって全く違う複合属性法理術だったりする。なのに遺伝的に近いものは似たようなタイプの複合属性法理術になる傾向がある。よって血限法理術などと呼ばれる場合もあるね」
「一子相伝の秘術……なんかカッコイイ」
「……いずれにせよクウォン君が複合属性法理術に辿り着くのは当分先になるだろう。まずは、属性がわかったからこれからはそれぞれの属性を伸ばす形で訓練をするといい。あとそのアスタギアにプリセットしている法理術を書き換えるのも忘れないように。まぁエッタ君がそこらへんはつつがなくやってくれるさ」
「ええ、まかせておいて」
「ああ、頼んだよ。それにしても、クウォン君に光属性の適正があったとはねぇ。いやいや、これは僥倖。……ふむ、これはジードさんとも相談が必要だな。村のためには、この力を活かさない手はない。さて、どこから始めるべきか……」
彼女の声は途中から独り言のように変わり、自分にはほとんど聞き取れなかった。だが、その背中には、何かしらの確信と計画を抱いているような気配が漂っていた。
「明日からまた楽しくなりそうね、クウォン」
ヘレナ先生とは裏腹に、本当に楽しそうな口調でエッタが言う。 そんなエッタと日が傾きかけた訓練場をあとにする頃、胸の中に新しい興奮が芽生えていた。未知の力に触れ、それを制御するための訓練――それは、ただの練習ではなく、自分自身を深く知る旅でもある。
「明日も頑張らなきゃな」
小さく呟いた言葉は、静かな夕暮れの空に吸い込まれていった。



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